『べらぼう』視聴者への“ご褒美”爆笑回 役者陣の“ムダ遣い”が詰まった最高の仇討ちに

 「損得を考えたらなかなかできない粋な計らい」や「ほかでは見られない贅沢な風景」に出会ったとき、称賛の意を込めて「◯◯のムダ遣い」なんて言うことがある。

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第29回「江戸生蔦屋仇討」は、チーム『べらぼう』がひと肌もふた肌も脱ぎ、視聴者が「ガハハ」と笑わずにはいられない大盤振る舞いな回となった。

 蔦重(横浜流星)が北尾政演(古川雄大)とともに手がけた黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』は、大金持ちの仇気屋の一人息子・艶二郎が金にモノを言わせて浮名を流すことに躍起になるという物語。

 「腕に何度も女の名前を墨で入れてこそ色男」と知れば痛みに耐えつつ入れ墨を入れては消してみせ、「色男は殴られる」と言われれば男たちを雇って絡まれる。“振り”のつもりが、本当に殴られてそのまま卒倒してしまうというのも、なんとも間が抜けた話だ。

 さらに「花魁の間夫こそが色男」と聞けば、今度は仲間に金を渡して花魁を揚げさせ、自分は金のないふりをして切なげに待つ。挙げ句の果てには、店側にたんまりとお金を払って「行ってらっしゃい」と見送られながら、堂々と駆け落ちまでしてしまうのだった。

 実にバカバカしい話だ。もしこんなことを本当にやる男がいたとしたら、「酔狂」の一言に尽きる。だが、俯瞰してみればそんな滑稽な話をNHKの大河ドラマという舞台で実写化してしまうというのも、実に「酔狂」な展開である。

 主人公・艶二郎を演じた政演の顔には、特徴的な鼻がリアルに再現されていた。毛穴までも見える精巧な特殊メイクに制作側の本気を見た。そのプロの仕事ぶりが今度はキャストたちの役者魂に火をつけたのか、バカバカしいキャラクターを真剣に演じている様子がまた愉快でたまらなかった。

 ふだんは机にかじりついて物書きに勤しむ責任感の強い恋川春町(岡山天音)が、艶二郎の金で花魁と遊び呆ける生臭坊主に大変身。酒に酔って「寝るね〜」とポヤポヤした姿が可愛らしいのはもちろん、艶二郎に押し入れにしまわれてしまう姿は何度でも見返したくなるほどのおかしさだ。

 真面目な姿を返上しているといえば蔦重の妻・てい(橋本愛)も負けていない。いつもは眼鏡をかけてキリリとした姿で登場する彼女が、金に目がくらんで「どうぞ、おそばに〜。ダメなら死にますよ〜」と大声で一芝居打つ美しい芸者になりきる姿には思わず目を疑った。同一人物とは思えないほどの変貌ぶりに、「いいぞ、いいぞ」と頬が緩む。

 さらに、これまで蔦重と散々やり合ってきた冷静沈着な鶴屋(風間俊介)までもが、読売(瓦版売り)姿に。『江戸生艶気樺焼』を通じて初代『金々先生栄花夢』の再ヒットを狙う商売上手な顔から一転、「タダでもいいから持ってって〜」と情けない声で瓦版を売る様子が笑いを誘う。

 実力派俳優たちが、ここぞとばかりに本気でコメディに挑む。そのもったいないほどの特別な光景は、苦しくて辛い前回を乗り越えて『べらぼう』を見続けてきた視聴者へのご褒美とも言えるもの。そして、当然ながらこれだけ仲間が力を尽くしたとなれば、座長の横浜流星も黙ってはいない。

 『江戸生艶気樺焼』を描く政演の背中にしなだれかかる蔦重の視線は、映画『国宝』で女形を見事に演じた姿を彷彿とさせる妖艶な雰囲気。思わずドキッとさせられるような色香を放ったかと思えば。今度は浮世絵から飛び出したかのようなおもしろ顔を披露。ここまで振り幅の広い表情を堪能できるのも『べらぼう』の蔦重ならでは。笑いながら「よっ、横浜流星のムダ遣い!」と掛け声を出したくなった。

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