『あんぱん』のぶのすべてを肯定する嵩のプロポーズ “百貨店包装紙”の史実エピソードも
嵩(北村匠海)とのぶ(今田美桜)があらためて一歩前進したNHK連続テレビ小説『あんぱん』第88話。やっと嵩が本懐を遂げたと清々しい思いがした。
三星百貨店の宣伝部に就職が決まった嵩。周りから祝福される一方で、のぶの顔に笑顔がない。のぶには、嵩が就職をしたということは漫画を描くのを諦めることではないか、という不安があった。漫画は描き続けるという嵩の言葉に、のぶは笑顔を見せる。安定した企業への就職に喜ぶのではなく、叶うかどうかもわからない夢を応援してくれるのぶの存在はなんとありがたいのだろう。ほぼ史実通りの流れとなる第18週の展開を観ていると、のぶのモデル・小松暢の強さを実感する。
三星百貨店の宣伝部で、嵩は大活躍していた。高知新報でも評価されていた筆の早さは、宣伝部ではさらに高く評価される。店内のポスターなどは宣伝部で制作するものの、包装紙などの重要な制作物は有名な画家などに発注している様子。外部のクライアントともやり取りする必要があることを踏まえると、高知新報での業務が存分に生かされているようだ。嵩は、有名画家から受け取った白地に柄を切り貼りした原画に、「mitsuboshi」と筆記体で書き入れる。三星百貨店のモデルは、三越百貨店だろう。実際に、やなせたかしはのぶを追って上京してすぐに三越百貨店の宣伝部に入社。現在でも使われている三越百貨店の包装紙の「mitsukoshi」という文字はやなせたかしが書き入れたものだ。ここからやなせたかしの史実と一致する制作物が生まれていくのかと思うと、感慨深いものがある。
嵩がやりがいのある仕事に励む一方で、のぶは時代の変化に戸惑っているように見える。児童福祉法が公布され施行を目前に控え、ガード下で生活している者たちにも変化が訪れていた。アキラ(番家玖太)も、引き取り手が見つかったものの、その変化に気持ちが追いついていないようだ。法の整備は整い始めているものの、もっと細かい部分に目を向けると取りこぼされていることが見えてくる。街で今現在困っている人の話を聞いているのぶからしたらなおさらだろう。しかし、世良(木原勝利)が言うように、政治はさらに大きな目で社会を見ざるを得ない。政治にできるのは、なるべくすべての人が幸福でいられるようなルールを作ること。その上で個人にはそれぞれが幸福でいられるように努力してもらうしかない。世良の言葉は正論だ。ただ、正義感が強く、社会の端っことされてしまう部分に目を向けながら仕事をしているのぶは、そう簡単には割り切れない。
嵩は、意気消沈して帰宅するのぶを出迎える。中目黒の長屋が借りられるようになったことを報告し、いざ……という矢先に、登美子(松嶋菜々子)が訪れる。2人が結婚する前提で話を進める登美子を前に気まずい空気が。嵩は登美子からの干渉に屈せずに、のぶのほうを向き、話し始める。次郎(中島歩)を愛したのぶごと好きなこと、戦死した千尋(中沢元紀)がのぶを好きだったこと。のぶを大切に思っていた今は亡き人の思いもまるごと背負うという気持ちの表れだ。
嵩は丁寧にのぶへの気持ちを言葉にした。のぶの強い部分も弱い部分も、みんなを助けたいという愛情と正義感も含めて、のぶという存在をまるごと愛する思いが表れた言葉で愛を伝えながら、嵩は正式に結婚を申し入れた。鉄子(戸田恵子)の元で働くうちに、自分の強すぎる正義感と現実の狭間で葛藤していたのぶにとっては、嵩の言葉は力強く、心のよりどころになるものだったのだろう。のぶが何に悩んでいるかを知らない嵩が、プロポーズの言葉を通して、のぶを支えたのだ。
嵩の夢を支えるのぶの姿だけでなく、のぶの生き様を肯定し支える嵩の姿も描かれたことで、2人の間にある互助の関係が見えたような気がした。史実に沿った展開を描きながらも、史実からは見えてこないあったかもしれない2人の関係性を描いていることに、フィクションならではの味わいを感じる回だった。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK