『あんぱん』“夢が変わる”のぶは朝ドラヒロインとして特殊? 切り離せない“戦争の記憶”
NHK連続テレビ小説『あんぱん』第78話は、1本の電話から始まった。薪鉄子(戸田恵子)ではなく、闇市での八木の様子を記事にしたことが一悶着を引き起こす。
のぶ(今田美桜)が書いた八木の記事のタイトルは、「ガード下の不思議なおじさん 子どもたちへ贈るパンと読み聞かせ」。戦後の銀座と闇市の様子、子どもたちの様子がタイトルだけで伝わってくる。電話口の鉄子の声は、怒っているというよりも、面白がっているというような、戸田ならではのユーモアを感じる声色だ。のぶのモデルになっている小松暢が上京した理由を踏まえると、鉄子はのぶの人生に大きな影響を与えることになる。だからこそ、鉄子役に戸田がキャスティングされているのだろう。
鉄子の思惑に反して電話の内容に恐れおののく高知新報の面々。東海林(津田健次郎)の含みを持たせた雰囲気も相まって、恐ろしい想像をしてしまう。改めて、高知新報編は『あんぱん』の面白味を担うパートであることを実感する。
東海林が受けた鉄子からの電話の内容は、自分の記事が掲載されていないことへの怒りではなく、のぶの記事への絶賛だった。鉄子は面と向かって勧誘されたのに続いて、東海林を通してのぶに仕事の手伝いをしてほしいという勧誘をしていた。弱者の立場に立ち、社会を変えたいというのぶの正義感が評価されたのだ。東海林の表情を見るに、のぶの未来を考えたらどんな選択が良いのかと考えあぐねているようにも見える。
そんなのぶの勧誘話に心を乱されていた嵩(北村匠海)。琴子(鳴海唯)と岩清水(倉悠貴)から引き止めろと責められるが、嵩はのぶの鉄子への尊敬の念に気づいている様子。自分の価値観をぶつけるのではなく、のぶのことをよく観察して彼女にどのような声をかけるべきか考えられるようになっている証拠だろう。
のぶ自身も鉄子のそばで働くことで、子どもたちを助けられるかもしれないと胸が熱くなったとメイコ(原菜乃華)に正直な気持ちを語る。一方で、高知新報への恩返しもできておらず、蘭子(河合優実)が郵便局を辞めさせられた今、高知で朝田家の働き手として家を支えなければという思いがあるようだ。
教師という夢に向かって一直線で無敵感のあった女学生時代、夢を見られなくなり“愛国の鑑”としてお国のために生きていた教師時代、亡くなった夫・次郎(中島歩)のおかげで出会った高知新報での記者生活を経てきたのぶ。鉄子と出会ったことで、のぶはまた自分だけの夢を見ようとしているのかもしれない。一つの目標に向かって突き進むヒロインを数多く描いてきた朝ドラで、偶然の出会いによって夢や目標を入れ替えていくのぶは珍しく映る。しかし、夢や目標を変えることは悪いことではない。むしろ人生のフェーズと価値観、時代の変化によって変わっていくのは自然なことだろう。