『虎に翼』片岡凜演じる美佐江の“殺人の問い”を描いた意義 吉田恵里香に期待される重責
「永遠を誓わない、不真面目でだらしのない愛」とは何か。「なぜ人を殺してはいけないか」――朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第19週「悪女の賢者ぶり?」はこのふたつの問いがあった。いささか乱暴かもしれないが、この2点は共通している。どちらも倫理を踏み外したものとされるからである。
寅子(伊藤沙莉)と航一(岡田将生)は、航一の父・星長官(平田満)の書籍制作を通じて交流を深めた。最初のうち、寅子は航一の「なるほど」の多用や、感情のわかりにくさなどに戸惑っていたが、悪い人ではないことを理解するにつれ、無自覚ながら彼の存在に胸をときめかせるようになっていた。
やがて新潟で再会したときには、寅子はなぜか職場で「星さん」と苗字呼びではなく「航一さん」と名前呼びして親しさを強調しているかのようだったり(おそらく長官と差別化していたのだと思うが)、新潟の観光スポットを聞いて、喫茶店を紹介されたとき一緒に行く気満々になったり。
航一が、戦前、総力戦研究所にいたことを後ろめたく思っていることを知ると、雪の中でしゃがんで泣く彼のそばに寄り添って背中をさすり、「寄り添って一緒にもがきたい」と語りかける。
寅子の言動は涼子(桜井ユキ)いわく「全方位の愛」であるらしいが、端からは気があるように見えるだろう。航一の心も動いたようで、寅子が悩んでいるときに家を訪ね、寄り添おうとする。
麻雀を教えるとか、読みたい資料があるとか何かと口実をつけて家を訪ねてくる航一に、寅子もまんざらではなく、楽しく過ごしてしまうのだが、それ以上は進めない。彼女のなかには亡くなった優三(仲野太賀)への想いがあるからだ。
亡くなった人を忘れられない。自分だけ忘れて別の幸せを得ていいのかと人は迷う。あるいはその人への罪悪感すら感じる。けれど、生き残った者の生活は続いていき、いつまでも思い出とだけ生きてはいけないものだ。航一も寅子も、お互いに何かを求める気持ちが強くなっていくことを必死に抑制している。
寅子の場合、もともと結婚や恋愛に興味がなく、優三とも仕事をうまくやるための契約結婚だったため、いわゆるふつうに恋して結婚して……という流れを体験していない分、心身をゆさぶる未知の感情が理解できず、よけいに苦しんでいるようだ。
部下の高瀬(望月歩)と小野(堺小春)から、子供もつくるつもりのないさばけた「友情結婚」をすると聞いたとき、寅子は思わず苦言を呈してしまう。自分の過去を思い出し、後悔もあったのだろう。結婚するならきちっと責任をもって、と思ったのかもしれない。寅子は何かと真面目に猪突猛進に考えてしまうタイプなのだ。
そんなとき、まるでいつかそういうときがくることを予期したかのように、優三が残した遺言が発見される。唯一、戻ってきた形見のお守りのなかに、優三が、もし自分が死んだら、自分のことは忘れていい、好きな人が現れたらその気持ちに従ってほしいというようなことを綴った小さな手紙が入っていた。
手紙に背中を押され、寅子は自分の心に自由でありたいと思うようになる。高瀬と小野の結婚の形も肯定することができた。
ただ、自分自身のことははっきりできず、これ以上、航一へずるずると感情が引っ張られて取り返しのつかないことにならないように、線を引きたいと申し出る。ところが、偶然、雨で滑る廊下によって、航一と寅子の感情の堰はどっと切れた。
「永遠を誓わない、不真面目でだらしのない愛」でいいから、いま、お互いを慰め合うことをふたりは選択する。お互い、伴侶を失って心にぽっかり空いた穴を埋めたいという本能を認める。だからといって、責任を一生とると決めることはない。言葉は悪いが、飽きたらいつでも関係を解消していい、それくらいの気楽さで、いまこの瞬間、自分たちを労っていいのではないかという考え方であろう。
ふたりは自分たちの行為を「不真面目でだらしない」と表したが、そんなに不真面目でだらしないわけでもないだろう。当たり前の本能である。でも、閉鎖的なコミュニティでは、いくら独身とはいえ、男女がふたりきりで過ごすことを好奇の目で見たり、ややとがめたりする。世間のルールが、いい年をして、社会的地位があり、一度結婚して、子供もいる人物がもう一度恋することに偏見を生み出す。それらを取っ払ろうと、寅子と航一は一歩踏み出すのだ。
そこで、「なぜ人を殺してはいけないのか」である。