『虎に翼』の凄さはヒロインの“変化”を肯定的に描かなったこと 2つの“地獄”を生きる寅子

 「自分が弁護士として出世したいばかりに、優三さんの優しさにつけこんで結婚して、でもすぐ辞めて、優三さんに甘えて子供作って。結局優三さんは戦地に行って、大好きな優未とも離れ離れになって。だから、私にできるのは、謝ることぐらいで」

 朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)第40話において、出征の決まった優三(仲野太賀)と出かけた寅子(伊藤沙莉)は、そう、優三に言った。朝ドラのヒロインの口から零れ出た、あまりにも等身大の、リアルな言葉に驚いた。一方で、それは彼女の弱さだとも思った。この期に及んで、何も優三の出征を前に謝ったところで、優三の心が安らぐわけでなく、ただ自分が楽になりたいだけではないかと。でもそれは「ずっと正しい人のまんまだと疲れちゃうから、せめて僕の前では肩の荷を下ろしてさ」と言ってくれる優三に対する甘えであり、優三の前だからこその「正しくない」寅子の姿だったのだろう。

 『虎に翼』のすごいところは、そのリアルさだ。特に第7・8週を通して描いた、現代においても変わらない、働く女性誰もがぶつかる“人生の選択を迫られる時期、あるいはその後の、心を削ってくる、悪意のない他者の反応”という、ものすごく身につまされる“地獄”の描写や、出産シーンを描かなかったこと(同様に出産シーンを描かなかった水橋文美江脚本『スカーレット』の秀逸さを思い起こしたりもする)など、本作の斬新さは枚挙に暇がないが、何より素晴らしかったのは、“ヒロインが変わらざるを得なかった理由を敢えて肯定的に描こうとしなかったこと”なのではないか。

 多くの女性にとって、変わらずにいることは難しい。常に変化と、それに伴う痛みとともに生きている。日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ寅子もまた例外でない。他の仲間たちが抱える様々な問題と比べると、比較的恵まれた環境で、順調に「自分が望んだものはすべて手に入れ」てきたように見える寅子だが、頻繁に描かれ続けていたのが、重い月経症状によってままならない日々を送ることだった。

 明律大学女子部時代は、月経が重く、大学に行きたくても行けない日々が4日間続いたことが描かれ、2度目の高等試験の口述試験に臨んだ際も、予定より大幅に早い月経によって、本来の実力を発揮できなかったと悔し涙を流していた。つまり本作はこれまでも、彼女の道を妨げるのは、否応なしに彼女の内部で巻き起こる“変化”そのものなのだということを示唆してきた。その延長線上に、第38話の、寅子が、妊娠とそれに伴う体調の変化と過労の末に倒れてしまうという場面があった。未婚の女性でいることが弁護士としてのキャリアの妨げになるのだとしたらと、結婚までして変わらぬ意志を貫いたのにかかわらず、またも彼女は、彼女の内部で起こる大きな“変化”に翻弄されてしまう。

 これまで多くのドラマにおいて女性たちは、妊娠による、痛みを伴う“変化”を大変だけど喜ばしいこととして、受け入れてきた。“母親になる喜び”を最優先に、それまで抱いていた夢や目標を、無理なく手が届く範囲に縮小したり、大きくシフトチェンジしたりすることを、自ら選択してみせるポジティブなヒロインの姿を、視聴者は安心して見守ってきた。でも寅子は違った。

 本作はきちんと彼女の絶望を描いた。冒頭で言及した台詞のように、変わらずにいるために「猪爪寅子から佐田寅子へ」変わって見せたにも関わらず、自分の身体の内側と外側で起こってしまった大きな変化によってこれ以上前に進むことができなくなってしまったことの目論見違いと、それに優三を巻き込んでしまったという負い目をきちんと語らせることによって。

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