光文社古典新訳文庫20周年! 編集長が明かす「挫折しない古典」の秘密と渾身の『文庫ジャーナル』

 2006年に創刊された光文社古典新訳文庫が、2026年9月でついに創刊20周年を迎えた。「いま、息をしている言葉で」を掲げ、読めないと思われていた古典を解きほぐしてきた同レーベルは、356タイトル、440冊に及ぶ豊かなバリエーションを誇る。

 この20周年の節目を記念し、光文社古典新訳文庫では全作品解説目録に加え、1日ひとつの名文や書き下ろしのイラストを贅沢にあしらった特製日記・手帳『光文社古典新訳文庫ジャーナル 2027』を刊行。同レーベルの歩みと、創刊20周年に込められた渾身の企画について、編集長の小都一郎に話を聞いた。(9月16日取材・構成/円堂都司昭)

創刊20周年と、渾身の記念企画『ジャーナル』

小都一郎氏

――2006年9月にスタートした光文社古典新訳文庫が、2026年9月で20周年を迎えました。今回、20周年記念として全作品解説目録や特製手帳を兼ねた『光文社古典新訳文庫ジャーナル 2027』が発売されましたね。

小都一郎(以下、小都):はい、『ジャーナル』は私の渾身の仕事でして、情報量が多くて作るのが本当に大変でした(笑)。古典新訳文庫は、これまで地道に年間20点ほどを出し続けて、気づけば356タイトル、440冊になりました。私が入った頃(創刊5年目)はまだ本棚も少しでしたが、今や編集部のキャビネットでもかなり場所を取るようになっています。

 こうした文学文庫の価値は、やっぱりバリエーションにあると思うんです。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』のようなフラッグシップだけでなく、20年かけて地道にラインナップを増やしてきたことで、ようやくレーベルとしての強い下地ができたと実感しています。今回の『ジャーナル』巻末に収録した20周年記念の全作品解説目録も、そうした「文庫の価値」そのものを提示したくて付けました。

――1日につき1つの名文と作家の誕生日・命日が記された、文庫サイズの手帳ですね。

小都:古典は面白いけど、長いものが多くて読むのは大変でしょう。私たちは完読できるように全力でサポートしているつもりですけど、やっぱりハードルが高いし、人によっては最初から諦めているというか「これは自分が読む本じゃない」と思っちゃう。まだ自分には早いと思う高校生とかもいるでしょう。そういう意味では、気軽に「試食」できる感じのコンテンツが大事だと10年以上前から考えていたんです。

データベース化で実現した「365日の名文」と装丁のこだわり

『光文社古典新訳文庫ジャーナル2027』

小都:「試食」としての日めくりカレンダーのような企画は昔から考えていたのですが、名文を実際に集めるのが大変でなかなかできませんでした。昔はゲラを読みながら良い箇所に線を引いて溜めたり、ウェブで引用されている文章を拾ったりしていたのですが、全然溜まらなかったんです。

 でも、よく考えたら、うちの新訳テキストを読んだ人は少なくても、バルザックやロレンスの名作として世界中で読んだ人はたくさんいる。海外の有名な引用辞典『バートレット・ファミリア・クォーテーションズ』なども参照しながら世界中で引用されている名文を集め、うちの新訳テキストと照合すれば集まると気づいたんです。現在はそうして精査したデータベースを作って管理していまして、そこから選んで365日分を作れるようになりました。

 それが創刊20年で400冊近く揃い、海外でのジャーナリングブームやSNSでの手帳ブームという追い風も重なって、ようやく『ジャーナル』という形で実現できました。20周年記念ということで、今回は全作品解説目録も巻末につけました。このバリエーションがあってこその文学文庫だと思いますし、目録こそが文庫の価値だと思うんです。ただ、目録はいつも無料配布しているものなので、来年以降に『ジャーナル』を作る際には外す形になると思います。毎年更新しながら作っていきたいですね。

――手帳としての仕様や装丁にも、かなりこだわりが見えます。

小都:ありがとうございます。例えば講談社ブルーバックスさんの『科学手帳』など他社の手帳も参考にしつつ、文庫サイズで綺麗に180度開く「コデックス装」を採用しました。本は32ページ(一折)単位で作られるのですが、1ヶ月最大31日に扉1枚を足すとちょうど32ページ(一折)に収まるという発見があって(笑)。12ヶ月分を6色の組み合わせで表現しています。スピン(しおり紐)をつけたり、手に優しい角丸加工にしたり、インクが裏抜け・透けしにくい紙を選んだりと、細部まで徹底的に工夫しました。

小都:また、古典新訳文庫のシンボルである望月通陽さんの絵を活かすため、半透明のトレーシングペーパーカバーにしています。コデックス装は背がガタガタして他の本を傷つけるためカバーが必須なのですが、普通のカバーだと望月さんの絵が見えなくなってしまうので、綺麗に透けるトレペカバーに辿り着いたんです。さらに望月さんに毎月の扉絵をお願いしたところ、「中の数字や文字も書込みしましょうか?」と仰ってくださり、月名や日付の書き文字まで全て望月さんの手書きで仕上げていただきました。ファンにはたまらない、ぜいたくな作りになっていると思います。

「訳のせい」で読めなかった古典を、いま息をしている言葉へ

――小都さんご自身は、いつから光文社古典新訳文庫を担当されているんですか。

小都:2011年に前職をやめたあとに、創刊編集長の駒井稔さんに「手伝ってくれないか」と声をかけられたんです。そうして古典新訳文庫にとり組んで15年くらいですね。最初はフリーランスで。光文社の社員になって10年くらいですね。

 光文社古典新訳文庫の創刊の経緯については、駒井さんが『いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』などで書いていますが、2003年に村上春樹さんの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(『ライ麦畑でつかまえて』の邦題で知られてきたJ・D・サリンジャー作品)の新訳があったり、2005年に『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)の著作権消滅に伴う新訳ラッシュがあって10種類くらいが刊行された。そういう新訳の流れがあった。

 光文社古典新訳文庫の創刊は、これまで難しくて読めないと思っていた古典が、実は訳のせいで読めなかったのではないかというところに目をつけ、読めるようにしようというのが始まりでした。実際、蓋を開けてみたら、『カラマーゾフの兄弟』のように分量があって多くの人が挑戦しては挫折した作品が、新訳がハマってベストセラーになりました。

――『カラマーゾフ』など亀山郁夫さんが新訳したドストエフスキー諸作は、評判になりましたよね。そもそもこのレーベルは「古典」をどの範囲ととらえているのでしょうか。

小都:20世紀までの作品は、古典の範疇と考えています。著作権が切れたものが多いですけど、チャールズ・ブコウスキー『郵便局』(都甲幸治訳)のように版権を取得して出した作品もあります。そうしたテクニカルな区別はべつとして、個人的には古典とは、やはり長い年月をかけて生き残った作品だと思うんです。実証済みの人生のケーススタディが古典ではないか。例えば悲劇とは、人がどう失敗するかの典型例だという哲学者もいる。そういうものを一般向けにもう1回、どう出し直すかが、我々のミッションだと思います。

わからない部分は徹底的に問う

――企画の立案から実際の刊行まで、どれくらいの時間がかかりますか。

小都:平均で2、3年かかる気がします。依頼するのは大学の先生が多いので、本業との関係もあって普通よりは翻訳に時間がかかります。原稿をいただいてからは、1年以内に出ればいいほうです。できれば早く出したいんですけど、月ごとの刊行は1、2点なので、じっくり時間をかけて作っています。

――翻訳では、どのようなことを重視しますか。

小都:依頼する時、どなたにも最初に試訳をお願いします。最初の50ページや1章分を訳してもらって、ここはもっとわかりやすくとか、お互いに納得したうえで進めます。

――受けとった原稿は、どんなところをチェックするんですか。

小都:日本語として意味が通じないとか、原文に引っ張られすぎてわからないとか、素直に原稿に書きこんでお伝えします。翻訳の工夫で直ることならいいけど、日本人にはわかりにくいこともあるので、注を細かくつけてもらいます。古典新訳文庫では、本の見開きの左端に注を入れ、すぐ参照できるようにしています。専門的すぎるものにはつけませんけど、わからない部分はとにかく全部つけてほしいとお願いします。例えば、誰かの部屋の描写があって、新聞が置いてある。それが「ワシントンポスト」か「ニューヨークタイムズ」かで、この人が左寄りか右寄りかが察せられる。そういう部分に注がほしいんです。

 ただ、読み慣れてくると自分の頭が良くなった気がしてきて、だんだんわかるような気がしてくる。でも、実際はちゃんと読もうとしてもわからないことはいっぱいある。そういうところは訳者に全部聞いて、納得するなら進めましょうということです。訳者が「こんなやり方にはついていけない」といって、破談になることもあります。文章に鉛筆を入れられるのは嫌なものだろうし、「そんなに直されるならやめる」となることもあるでしょう。こちらも細心の気配りをしているつもりですけど、気を悪くされる方もいるのは、しかたないですね。

文庫の使命は「届けること」

――古典の名文はどのように収集したのですか。

――従来『審判』として知られてきたカフカの小説を光文社古典新訳文庫では『訴訟』(丘沢静也訳)のタイトルで刊行していますね。タイトルで悩むこともありますか。

小都:原題通りにするかどうかは、悩みます。新しいタイトルに変えたら、わかりにくいこともある。例えばサン゠テグジュペリの『星の王子さま』を、うちでは『ちいさな王子』(野崎歓訳)のタイトルで出しました。原題通りで、これが正しいと判断したから出しましたけど、『星の王子さま』を探す人がこの本にたどり着けるかは、わからないところもある。そこを重視したらタイトルを変えないかもしれない。訳者が変えたいと強く要望すれば検討しますけど、今は一般に流通するタイトルで出す方が多いかもしれません。

――曲亭馬琴『椿説弓張月』(菱岡憲司訳)は、葛飾北斎の挿絵を全点収録したのが嬉しかったです。

小都:それは日本の近世の作品ですけど、海外では近代の作品で挿絵が入っているものがけっこうあって、原書を古本で買って現代の技術でスキャンしています。ネット上でアーカイヴ化されている画像データは解像度が低かったりするから、元の本をスキャンするのが一番きれいなんです。そこは力を入れています。

――古典のなかには長大なものもありますけど、全訳は必須ではないんですか。

小都:すごく長い『太平記』(作者未詳、亀田俊和訳)などは、やはり省略して出しましたし、最近発売された『万葉集』(佐々木和歌子訳)は全部で四五○○首あまりあるといわれますけど、似たような和歌が多いので三五○首を選んでもらっています。研究のためには全訳も必要でしょうけど、文庫の使命とはちょっと違うだろうし、そういうセレクションになるのはしかたがないと考えています。

難解な哲学書や仏典を一般読者へ

――哲学書など、一般的に難解と思われている作品も新訳されていますね。

小都:長谷川宏さんという在野の研究者が、1990年代にヘーゲルを平易に訳され評判になりました。光文社古典新訳文庫での哲学書刊行は、それも一つのきっかけになっています。長谷川さんは、従来の哲学用語を使わずに訳していて、それができる人はあまりいないので、すごいと思いましたし、うちでも長谷川さんには、アランの『芸術の体系』などを訳していただきました。

 また、ルソーやニーチェ、マルクスなどの訳を中山元さんにお願いしましたけど、任せきりにするのではなく、我々も難しいものを最後まで読み、訳者に意見をいって進めていきました。ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(丘沢静也訳)やショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(中山元訳)なども、わからないなりに読むと、なんとなくこういうことかなと思うことはある。それを訳者にフィードバックしています。読まないと自分の解釈も出てこないから、本の帯の文をどう書いていいかわからない。編集者としてそれではいけないから、頭をひりひりさせながらやっています。

――小説以外では、仏典もだされていますね。

小都:『スッタニパータ』と『ダンマパダ』(いずれも今枝由郎訳)を出しています。どちらも元々はインドの言葉で書かれたものを訳しているから中国仏教を経由していない。日本で仏教の言葉と思われているものは、中国で訳されたものを経由していて、わけがわからないところがある。「南無阿弥陀仏と唱えれば大丈夫です」のようなことをいわれ日本でも仏教が広まったわけですが、意味がわからないまま唱えていたりする。でも、インドの仏教へ戻ってみると、視点が違っていて面白い。『スッタニパータ』も『ダンマパダ』もけっこう売れていて年に1、2回重版しています。やっぱりみなさんの心に響くんでしょうね。

スキャンダルを超えた名作から卒論の1冊まで、思い入れの3選

――光文社古典新訳文庫で特に思い入れのあるものを教えてください。

小都:D・H・ロレンス『チャタレー夫人の恋人』(木村政則訳)は、古典新訳文庫らしい1冊だと思います。過去には猥褻すぎるとして裁判があったり、内外でスキャンダラスにみられたけど、今読むとそれほどでもない。Fワードみたいな卑語が多くて、それをどう訳すかが注目されがちですけど、普通に訳せば、書いてあるのはもっと深いことだとわかるはずです。階級の枠を越え恋愛をして旅立っていくところは革命的ですし、その良さがわかったのは新訳のおかげだと感じます。言葉の些細な部分ではなく、もっと全体をみられるようになったのは、この本のおかげだと思っています。

 また、バルザックの『ラブイユーズ』(國分俊宏訳)は、めちゃくちゃ面白い話で村上春樹さんがラジオで絶賛していました。長い小説ですけど、途中まですごい悪党だった人物が急に戻ってきて大活躍する内容で、キャラクターには共感できないのにとても面白い。

 あと、個人的に思い入れがあるのは、スティーヴン・クレイン『勇気の赤い勲章』(藤井光訳)です。僕の大学の卒論は、クレインをとりあげたものでした。主人公は若気の至りでいきがって南北戦争に志願する。でも、銃弾が飛び交う戦場ではビビって全然役に立たず、怪我してしまう。怯えて逃げ回る間に、お前よく頑張ったよと褒められるような話なんですけど、人生ってそういうところがあるな、それでもいいじゃないかと私は思うんです。ちゃんとしたことを成しとげなくても、なんとか生き延びたらなんか認められたという話は、身につまされるところがある。今の若い人が読んだら面白いと思います。

「オールタイムベスト」の大作に挑む

――古典新訳文庫では、本の刊行だけでなく、読者に向けた活動も行っていますね。

小都:以前から紀伊国屋書店の新宿本店で作品に関するトークイベントを催していましたが、コロナ禍以降はオンラインに移行して、今では全国から200人近くの方がご覧になっています。オンラインになって居住地がどこでも講師をお願いできるので、以前より幅が広がりました。また、古典新訳文庫は初期からSNSもマメにやっていて、Xやインスタグラム、メルマガなども活用していまして、そういうことは手を変え品を変えやっていくつもりです。

――今後、どんな作品を刊行していきたいですか。

小都:各国の新聞社などいろいろなメディアが、オールタイムベストや海外のベスト100を選んでいて、そのなかに入っていても出せていない大作があるので、そこを埋めていきたいです。知る人ぞ知るものよりは、やはりそういうところをまずしっかり押さえたい。ただ注意しなければいけないのは、名前は知られているけど読んだら面白くないというのでは、訳してもしかたがない。そういったものは外しつつ進めていきたいですね。

 また、ラインナップがもう400冊になってきたので、点ではなく面としてプレゼンスをどう高めていくかを考えていかないといけない。増えるばかりのこの点数をどう管理するかも課題だし、今回の『ジャーナル』もそうですが定期的に資産を耕し直すことをしたいです。古典というと、どうしても権威的イメージがある。実際、権威だと思いますけど、我々は「誰でも読んでいいものなんだ」というスタンスでやっています。権威がある古典を新訳するんだけれど、我々自身は権威にならないように、あの手この手でプレゼンしていきたいと思っています。

■書誌情報
『光文社古典新訳文庫ジャーナル2027』
価格:2,750円(税込)
発売日:2026年10月8日
出版社:光文社

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