「100年後の人へ届けたい」小松成美が語る「のん」の圧倒的才能と評伝『のんフィクション』執筆の舞台裏
小松成美による「のん」の初・本格評伝『のんフィクション ヒーロー誕生』が、9月17日に文藝春秋から発売された。これまでも、中田英寿やイチロー、YOSHIKIや浜崎あゆみなど、数多くの著名人を取材し、ノンフィクション作品を手掛けてきた小松。そんな彼女が今回紡いだのは、「能年玲奈」から20年、「のん」から10年――。決して、歩みを止めなかったその人の軌跡だった。
故郷で語られる表現者としての出発点から、演じる喜びを知った出会い、大きな転機、そして社長として仲間を支える今日まで。取材のたびに見えてくる新たな姿を、どのように受け止め、言葉にしていったのか。およそ9年にわたる取材・執筆の舞台裏と、作家として本を世に送り続ける醍醐味を聞いた。
のんとの出会いとファンとしての葛藤
――小松さんは、もともとのんさんのファンだったそうですね。
小松成美(以下、小松):はい。NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』を録りためて、何度も見返すくらい大好きで、能年玲奈さんの前途には心から注目をしていました。きっと素敵な俳優さんとしてさらに大きく羽ばたいていくのだろうなと思っていました。ですが、能年玲奈さんからのんさんへと名前が変わり、1人で活動を再開したものの大手メディアへの露出が激減……と、様々な出来事が彼女の身に降りかかるのを目の当たりにして、なんとか応援することはできないかと思っていました。そんな矢先に、偶然にも、月刊『文藝春秋』でインタビューする機会をいただいたんです。
実は『文藝春秋』は、私にとって「この人に会いたい」という願いを叶えてくれた大切な雑誌でして。私がまだ駆け出しだった1995年の夏、ニューヨークに暮らすオノ・ヨーコさんにインタビューをさせていただきました。私のデビュー作は『ビートルズが愛した女 アストリット・Kの存在』というザ・ビートルズの青春期を書いたものだったので、ジョン・レノン夫人であるオノ・ヨーコさんにもいつかお話を直接お聞きしたいと思い続けていたんです。様々なところに企画書を持ち込むも、なかなか実現が難しいなかで、この『文藝春秋』が叶えてくれました。ずっと声を出し続けることで、つながっていく縁があるのだと教えてもらった媒体でしたので、その雑誌でのんさんとお会いし、原稿が書けたことは、胸に迫るものがありました。
――ずっと好きだったからこそ、そのお相手に取材する難しさはありませんか?
小松:そうですね。お会いしたときには正直に「ファンです」とお伝えはしますが、お話を聞くタイミングではファンの気持ちは封印するようにしています。これまでの活動をできる限り資料を集めて調べるものの、インタビュー時にはまっさらな気持ちでお伺いするんです。相手の心のうちにどんな言葉があるのか、その内省に耳をすませることが大切だと思っています。そのときののんさんへのインタビューも、既存の情報を捨て去って、すごく静かな場所、かつ少人数で行ないました。
――最初に、のんさんをインタビューされたのが、9年前。その記事をきっかけに、単行本の企画へと進んでいったとのことですが、『のんフィクション』にはのんさんのご家族やギターを教えた地元のお兄さんたちから、母校の先生まで、本当にたくさんの方がお話をされていますね。
小松:これまでどこにも出ていなかったのんさんの幼い頃から、表現者としての能年玲奈・のん誕生の秘密を取材をさせていただけたのは、本当にありがたかったです。最初にお母様と妹さんにお会いして、そこから次々と縁のある方々を紹介していただく形でつながっていきました。みなさん、本当にのんさんのことを誇りに思われているんですよ。同時に、本名が名乗れなくなった事態にも、自分のことのようにすごく心配されていて。そうしたみなさんがのんさんに声援を送る気持ちを背負いながら、原稿を書き進めていった感覚もありました。
想像を超えた才能と、「言葉」にする使命感
――取材を進めながら「こういう本にしよう」と思われたのですか? それとも先に「こういう本を作りたい」という構想があったのでしょうか?
小松:もともとのんさんのファンだったので、私が書きたいことの大まかなイメージはありました。出生からティーンモデル時代を経て国民的人気俳優となり、今はロックバンドを率いてギターをかき鳴らし、音楽も作っている。逆風にもめげずに、青春を駆け抜けていく……そんな姿を収めた本になるのかなと思っていたんです。けれども、取材を重ねるにつれて、彼女のキャパシティが想像よりもはるかに大きいことに気づかされました。音楽、映画、アートにファッションと、まだまだ彼女が探求し、挑戦したいと思い描いていることが数え切れないほどありました。そのエネルギー値の高さに目がくらみ、取材している私のほうが「どこがゴールになるのだろう」と途方もない気持ちになったほどです。私は、とてつもなく大きなものに向かっていく、唯一無二のアーティストに出会えたんだ。そのことを確認していくエキサイティングな日々でした。取材を重ねれば重ねるほど、その喜びで心は満ちていったんですけれど、同時にこれを文章にして作品にしなければ、届けなければという使命感も強くなっていきましたね。
――小松さんのノンフィクション作品には、小説のようにストーリーが展開されるものも多くありますが、今作では客観的な語り口で構成されていますね。その書き分けはどのようにされているのでしょうか?
小松:編集の方や、ときにはご本人とも相談して決めています。『のんフィクション』は、のんさんが「のんについての評伝」を作家が書いている、ということにすごくこだわってくださっていたので、事実を積み重ねていく書き方にしました。
また、のんさんが常に「この本は小松さんの作品です」とおっしゃっていたことも、そうした理由です。結果的に、目次から内容まで全て私に任せてくださり、そういう意味でも執筆の醍醐味を存分に味わいました。個人的にも大きなチャレンジだと言える作品なので、のんさんのファンだけでなく、まだのんさんを知らない人にこそ読んでほしい1冊になりました。こんなに才能のある表現者が、同じ時を生きて、私たちのそばで、毎日作品づくりに挑んでいるんですよ!って、そう叫びたいくらいです(笑)。
逆風をともに乗り越えた「チームのん」の存在
――この9年の間に、業界の構造的にも大きな時代の変化がありました。のんさんは、まさにその渦中の人だったという印象があります。
小松:当時は、のんさんを取材するということそのものにも覚悟が問われる空気感がありました。「忖度」や「圧力」という言葉で表現されていたものが、私自身にも降りかかるかもしれない。実際、そんな不安がなかったわけではありません。ですが、のんさんの周りにはそれでも覚悟を持って、彼女と仕事をともにしていこうという人たちがたくさんいらっしゃいました。 のんさんの新たな出発を支えた実業家・プロデューサーの福田淳さんや、「チームのん」として「のん」を全方位で支えていた演出家の滝沢充子さんに漫画家の神崎将臣さん。のんさんの才能を真に理解し、ともに未来へ歩む方々の言葉は、この本の重要な主題になっていきました。
そして、アニメーション映画『この世界の片隅に』の監督・片渕須直さんと監督補・浦谷千恵さんご夫妻。のんさんの声以外に主人公は考えられない、キャスティングが認められなければ作品を諦めることも辞さない、と映画人としての信念を貫こうとする姿には、本当に感銘を受けました。ともすれば、語られることなく時代の波に流されてしまいかねない戦いの日々を、こうして本という形に残すことができたのは、私も作家として非常に光栄なことだと思っています。
――各章を読み進めるごとに、のんさんが力強く踏み出し、そしてのびのびと世界を広げていく展開が胸に響きました。
小松:そうした体験をしていただけるのも、本というメディアだからこそだと思います。ただ単に、日記のように過去の出来事を文字で連ねただけではなく、彼女の歩みが織りなすハーモニーを描く作品にしたかった。このときの経験が、この作品の演技へとつながっている。あのときの出会いが、明日を信じる力を支えている。実際の出来事と、のんさんの「想い」を、まるで目撃したような感覚で読んでいただけるように、章を組み立てていきました。ですから、交響曲を聞いていただくように何度も読み返していただきたいですね。
ともすれば、のんさんには、どこかつかみどころのないふわっとしたイメージがあると思うんです。けれど、独立後は社長としての頼もしい顔も浮かび上がっていきました。その「仕事人」としての才能にも、ぜひ注目していただきたいです。自分の表現を続けながらも、社長として集まってくれた人たちを豊かにする、疲弊させない、誰も忘れないっていう信念が、常にのんさんにはありました。本当にすごいんです。コロナ禍に配信を休まずに続けたのは、コンサートツアーが中止になったことで仕事を失った方たちの暮らしを守るため。「チームのん」の滝沢さん、神崎さんも、「社長ほど厳しい人はいない」と言うくらいです(笑)。なんとなく「いいものが残せたからOK」なんて終わることは一度もないそうですから。そんな驚きが取材をするたびにあったんですよね。諦めない、いい加減で終わらせない、必要なことは絶対に手放さない、という、敏腕社長の顔を垣間見た瞬間、私自身は「はじめまして」と言ってしまうくらいの気持ちでした(笑)。
徹底した事前準備が、相手の心を開く
――取材を重ねる中で、とくに印象的だった場面はありますか?
小松:演技についてお話されるときですね。とても丁寧に、そして慎重に言葉を選んでお話されていた姿が心の残っています。のんさんの人生で欠かすことのできない出会いが、滝沢充子さんと彼女の演技メソッドでした。のんさんは、演技についてよく「憑依型」と評されますが、滝沢さんは「それは本当に違うんです」と教えてくれました。のんさんの演技は、自分自身の魅力を役に混ぜていくというもの。実際には、ひらめきや降ってくるというような直感的なものではなく、もっと綿密に役を作り上げていく工程があるんです。そのためには準備に費やす膨大な時間がありますし、その演技一つひとつに込めた途轍もない思いもある。その説明を「誤解なく伝えたいので、もう一度お話してもいいですか?」と何度も取材の機会を作ってくださいました。語彙ひとつでイメージや印象が変わってしまう繊細な事柄だったんです。のんさんは、普段言語化していない演技のことを、この本のために言葉にしてくださったんだ。だからこそ、難しい取材でしたが、最高に嬉しくもありました。そのやりとりは、私にとっても特別な経験でしたし、のんさんの演技の真髄にも触れることができたように思います。
もう一つは、この本で初めて明らかになったのんさんの幼少期を紐解くことができたことです。兵庫県のヘソと呼ばれるのどかな場所で生まれ育った少女の夢を実現するために、家族も協力していくんですが、その過程でたくさん感情をぶつけ合うんですね。モデルとして活躍するのに必須だったダイエットを巡ってはお母さんとたくさん言い合い、言葉にして伝えることが難しい思いを文字や絵にしていたこと。大自然の中しか世界を知らなかった彼女が、新幹線に乗って、宇宙にまで連れて行かれるような不安を覚えたこと。のんさんの、そうした瞬間を丁寧に綴ることができたのは、私にとって最大の喜びでした。
――小松さんは取材をされる前に、かなり丹念にリサーチをされるそうですね。
小松:はい。これまでの書籍や記事、俳優の方であればお芝居、歌手の方であればライブ、スポーツ選手であればゲームの様子など、入手可能なものはできる限りインプットしています。今はインターネットで検索したり、データを取り寄せたりすることが可能になりましたが、そんな便利なものがなかった時代からこの仕事をしているので、今でもアナログな方法も駆使していますよ。頻繁に国立国会図書館へ行って閲覧することもあります。何度も検索して、コピーを取って。
――実はこの間、私もかなり前の雑誌資料が欲しくて国立国会図書館へ行ってきました。コピーをするのにも申請書を記入して、担当の方にプリントしていただくんですよね。システムがわからずに右往左往しました。
小松:そうなんです。しかも、コピーできる枚数にも制限があるので、何日も通っているうちに、国会議員の秘書の方と顔見知りになったくらい(笑)。でも、それだけ準備に時間と手間を費やすのは、言うなれば自分のためなんですよ。質問をして言葉が返ってきたときに、「その話も知っている」「あの場面は観たことある」と思えたら、落ち着いて話に集中できますから。のんさんの取材に際しても、モデルをしていた雑誌『ニコラ』を全部手に入れました。本っっ当に可愛くて、思わずお気に入りのカットを額に入れて飾りましたよ!
石原慎太郎との対話から学んだ「敬意」と「距離感」
――これまで小松さんは、メディアの心無い報道によって傷つけられる人物も描いていらっしゃします。そうした経験をされている方々に取材をし、他では話していないようなことまで心を開いてもらうには、どのようなことを意識されているのでしょうか。
小松:そうですね……、私が心がけているのは、普通でいる、ということです。そして、わからないことは「わからないです」とお伝えして、何度もお聞きする。わかったと思って勝手に解釈して書くこと以上に危険なことはないと思っています。
私がこれまで本を書いた方々が、世間的に「気難しい」というイメージを持たれることが多くて、よく「小松マジックだ」なんて言っていただくこともあるんです。でも、「マジック」なんてないですよ。ご本人が伝えたいことを正しく受け取り、作家としての思いを込めて原稿にしているだけなんです。そもそもみなさん、本当にやさしいですし、「知らないから教えてください」と言ったことを否定されたことなんて、一度もありません。
きっと、主題となる方々が恐れているのは「あなたはこういうことを話すでしょう」「あなたはこういう人なはず」と決めつけられたり、烙印を押されることなんだと思います。実際に「気難しい」だとか「不遜」だとか、そうしたイメージを勝手に作り上げられているわけですから。そういう思い込みをなくして、「あなたのことが知りたいんです」とまっすぐにお話を聞くことが大事だと思います。そういう意味では、私も年下の方に対しても友達言葉を使うようなことはないです。いつも平易に、礼節を持って臨みます。そのお手本としている方が私にはおりまして。それは石原慎太郎さんです。石原さんは、晩年でしたが、食事をしながら度々お話を伺う機会がありました。
――石原慎太郎さんこそ「気難しそう」「怖そう」というイメージが真っ先に浮かびますね。
小松:そうでしょう。でも、実際にお会いしているときには年下の私にも常に敬語でしたし、文学や政治、三島由紀夫や川端康成など、著名な作家のみなさんについて、穏やかに、面白く、話してくださいました。石原さんとの出会いは、私が新聞に寄せた石原さんの本の書評でした。その書評を読まれた石原さんが、わざわざ私の住所を調べて御礼の手紙をくださったことがきっかけです。いただいた手紙は、私の宝物になりました。
作家だけでなく、政治家でもあった石原さんは、時には過激な言葉やパフォーマンスでメッセージを伝えようとすることもありましたが、普段はとても物静かで「小松さんは、今何を書いていますか?」と、私の作品の内容を詳しく聞いてくださるような方だったんです。生前、のんさんの本を書いていることもお話したことがあり、「とてもいい俳優さんだね」とおっしゃっていたので、この完成した本をお渡しできなかったことだけが心残りです。今もずっと頭の中で、石原さんが私に「今、何を書いていますか」と問いかけてくださったときの声が聞こえていますよ。
100年後も読まれる本をーー苦しくても「書く」ことをやめられない理由
――入念なリサーチ、丁寧な取材、そして執筆という過程があるなかで、小松さんはどのシーンがお好きですか?
小松:もちろん、取材は楽しくて、原稿を書くことが一番大変です(笑)。こんなに大変なのにやめないし、またやりたいと思って自ら企画を立ててしまうのは、作家という仕事が好きだからなんですよね。この『のんフィクション』がこうして本になった今も、のんさんのこの先の歩みについても取材させていただきたいと思っているくらいです。
原稿を書くときは、取材した内容を脳内ダウンロードして、見えてきた映像を文字にしているんです。例えるなら、のんさん主演の映画が何本もあるような感じですね。私に見えているこの映像が他の方が読んだらどう見えるのかなとか、どんな感情を抱いてくださるかなって思いながら書いています。なかなか読者の方とは直接お会いする機会はないのですが、この本を通じて私が見てきたものと同じ体験を味わっていただけたらと願っています。
“書く”というとても苦しい作業を今日もしていて、この先も命がある限り続けていきたいと思っている。つくづく“本を書く”という人生を得られたことが、最大の幸福だなと思っています。
――本という形に対する思いがあるのですね。
小松:もともと私の両親とも本が好きで、家には本棚にたくさんの本がありました。そこで私も自由に本を手に取っていたんですが、思えばそうして読んだ本の大半の作家はすでに逝去されています。それでも作品は歴然とそこにあって、時代を超えて圧倒的なパワーで迫ってくるわけですよ。こんな時空をタイムカプセルのように超えられるメディアは本しかないと思うんです。
なので、私はのんさんにも伝えました。「100年後の方が、図書館に行って、この本を手に取ります。令和時代のヒーローに出会えます」と。私も、のんさんも、この世界からいなくなっても、この物語を本が伝えてくれますから。
――たしかに、国立国会図書館には100年どころか、1000年前の資料も並んでいます。本が持つロマンですね。
小松:そう、本というのは人の魂が込められたロマンなんです! そうでなければ、こんなコスパの悪い仕事をみんな続けていないですよ(笑)。のんさんも、そこを理解してくださったから、9年もかけて何度も何度も取材に応じてくださったんだと思います。今は様々な情報をスマホから得ることができる。でも、そうした情報たちのどれくらいのものが100年後、1000年後の人びとにそのまま届けられるでしょうか。そう考えると本は絶対になくならないと思います。はるか未来に、誰かがこの『のんフィクション』を手にとって、のんさんの素晴らしさに出会う。そう想像すると、本当にワクワクしますね。この高揚感が、私の創作の原動力です。
■書誌情報
『のんフィクション ヒーロー誕生』
著者:小松成美
価格:2,310円
発売日:2026年9月17日
出版社:文藝春秋