天理教、大本、金光教……民衆が作った「民衆宗教」の実態とは? “教義の再解釈”で変化してきた歴史

 天理教・金光教といった名称は、甲子園の出場校や早朝のラジオ番組などを通じて昔から知っていても、どのような宗教なのか知らない人も多いはず。そんな伝統宗教でも新興宗教でもない、近代に日本の非エリート層から生まれた「民衆宗教」に分類される宗教。その概要と敗戦前後までの複雑な歴史を解説した一冊が、9月18日刊行の本書『民衆宗教―帝国日本の信仰とナショナリズム』(永岡崇・著/中公新書)だ。

 そもそも民衆宗教は、どうして生まれたのか。主なきっかけとなったのは、教祖たちの経験した神がかりである。たとえば天理教を興した中山みきは、1798年生まれの大和国山辺郡庄屋敷村(現在の奈良県天理市)に住む農民だった。それが41歳の時、家族の病気療養のために行なった祈祷で神が憑依する。以降みきは、神のお告げによって貧しい人々への救済活動を開始。財産を際限なく施しに使ってしまい、家は没落していく。当然周囲は困惑するが、57歳の頃に安産祈願や病気治しといったまじないを行うようになるとこれが評判となり、信者が徐々に集まるようになる。

 他にも、如来教の教祖・喜之(きの)には金毘羅や熊野大権現をはじめ様々な霊が、黒住教の教祖・黒住宗忠には天照大神が憑依。金光教の教祖・赤沢文治は、神がかりが起きた義弟を通じて陰陽道の金神と対話するなど、教祖たちは身近な神仏の影響を受けつつ、独自の神や世界観を作り上げていく。

 これらの民衆宗教ならではの現象として、著者・永岡崇は教祖の教えの読みなおしによる、教義の再解釈に注目する。明治中期に勢力を伸ばした丸山教は、勤勉に農作業に取り組むことで幸福に生きられるような世界を志向した宗教である。ところが、組織の拡大していくうちに一部の信者が暴走。信心さえすれば働かなくても裕福になれると、丸山教の理想世界を怠け者のユートピアと拡大解釈し、農業を放棄して税金を納めない者まで現れる。

 教義の読みなおしは、民衆宗教の生き残りにも利用される。祭政一致の方針をとる明治政府は、国の定めた系譜とは異なる神を信仰する民衆宗教の存在をよしとせず、教団の運営に干渉し出す。さらに世間では明治以降、急速に信者を増やす民衆宗教を詐欺集団と見做して信者を愚民扱いするといった、新しい宗教へのステレオタイプな偏見とバッシングが横行する。

 こうした圧力に民衆宗教は反抗するのではなく、一人前の宗教として承認されることを望んで妥協を図る。天理教は当初、権力よりも神の意向を優先させることを信者に求めていた。だが教祖・中山みきが1887年に亡くなると、新たな神の言葉として「いかんと言えば、はいと言え」と、権力に対してとりあえずは従うことを説く。この流れは止められず、神への感謝を信者が奉仕活動で示す天理教の行い「ひのきしん」は、太平洋戦争の時には戦争協力の根拠となってしまう。

 教祖の教えを変えるなんて、罰当たりにも見える。だがもともと既存の神仏をアレンジして生まれた民衆宗教においては、新解釈に誤読に二次創作など、必要に応じて多様な方法で教義がアップデートされる。そしてそれが、信者たちにもある程度受け入れられていくことに驚かされる。このような民衆宗教のしたたかな変化を体現する人物として、本書でも大きく取り上げられているのが、大本(おおもと)の教祖・出口王仁三郎だ。

 1892年に出口なおが開いた民衆宗教である大本は、帝国主義化する日本と歩調を合わせて海外へ進出を図る。その一環で王仁三郎は1924年に内モンゴルへ向かうも、軍閥・張作霖に捕らえられ銃殺刑の危機に瀕する。何とか解放され日本に送還されるが、それぐらいではめげない。1925年に人類愛善会を設立。各国の新進宗教団体と提携を図り、政府の規制が及ばない枠組みでの宗教活動を実現しようとする。さらに国内では、教団の制服を軍服風に変えて戦時体制に協力する素振りを見せつつも、自分は信者たちの訓練時に白馬にまたがり、天皇を真似た姿でカリスマ性をアピール。かと思えば、挨拶では新しい制服の窮屈さを嘆いてみせることで、非常時の緊張感と距離を置く。王仁三郎の貪欲かつ人を食った生き方は時に痛快で、トリックスターのような面白味がある。

 しかしその行動には疑問もつきまとう。大本の海外進出の根底にある、やまと民族が人類の救済を担うという主張には、選民思想が潜んでいるのではないか。また救済をうたいつつ、日本の軍事行動を否定しないのは、侵略に加担しているのと一緒ではないか。著者は民衆宗教の戦時中の矛盾に厳しい目を向ける一方、歴史を読みなおすことで読者に新たな視点を提示する。民衆宗教の変化は国や世間から認められたい、軋轢を避けながら信仰をして幸福になりたいという、民衆の欲望や弱さを反映したものである。そこに学ぶべき点は多いのではないか、と。

 日本人は無宗教といわれるが、宗教に限らず、推しでもAIでも国家でも、拠り所とする存在は多くの人が持っているはず。それを手放しに正しいと信じていいのか。客観視できる程度に距離を保てているのか。民衆宗教の近代での苦闘と揺らぎを通じて、自分たちの信仰心についても考えさせられる。

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