最初に聴いた時点で「えっ、めっちゃ良くないですか？」

ーーここからはニューシングル『君なら君しか』について聞いていきたいと思います。先ほど、『VIVID VIVID』を経て「同じ方向性でいくのか、それとも原点に戻るのか」という話がありましたが、改めてこのシングルでは何を届けたいと考えましたか？

久保：ポニーキャニオンの担当のおふたりから、「私の出身地である奈良県の店舗だけで販売するという展開にできないか」とか「歌詞も奈良や鹿の要素を詰め込んで、聴いていてストーリー性のある楽曲を作ってみたいと思うんですけど、どうかな？」という提案があったんです。奈良と鹿という2つの要素って、やっぱり私から切り離せない存在だと思いますしね（笑）。

　実は個人的には、『VIVID VIVID』でやりたいことをめっちゃ詰め込んだから、ちょっと燃え尽きた感もあって（笑）。だから、最初にそうやって提案してもらえたことがすごくありがたかったし、そもそも提案に対してああでもない、こうでもないとディスカッションしてつくりあげていくことが好きなタイプなので、そういうのも全部込みで「お、いいですね！」と伝えたんです。

ーー楽曲に対するリクエストはありましたか？

久保：「今までよりも歌いやすい音域、歌いやすいテンション感の曲を歌ってみたいです」と伝えました。ちょうど『VIVID VIVID』の活動が終わったあとかな、とあるイベントでほかのアーティストさんのカバー曲を歌わせていただいたんですけど、そこですごく歌いやすい楽曲があったんです。そのときの映像をチームシカコのスタッフさんに渡すことで、なんとなく本来の歌いやすいテンションやキー感が伝わったのかなと。そこからたくさん話し合っていきたかったんですけど、去年はなかなかそういう機会が作れない環境になってしまったんですが、しばらくしたら曲の候補が上がってきて。そこで聴いたのが、「君なら君しか」のデモだったんです。

ーーなるほど。そのデモは、現在の「君なら君しか」に近いものだったんですか？

久保：形としては現在のものと、そこまで変わりはありませんでしたが、まだシンプルなメロディとアレンジで、ワンコーラスだけで仮の歌詞がついている状態でしたね。でも、最初に聴いた時点で「えっ、めっちゃ良くないですか？」とテンションが上がって、その場で深夜なのにも関わらずスタッフさんに「ヤバないですか？」とLINEしたくらいで。良いから送ってきてくれているのに（笑）。そこで「これはすごく良い曲になる！」と確信できたんです。スタッフさんが提案してくれたストーリー性のある音楽と、私が歌いたいテンション感や音域が見事にマッチしていて、それこそ初めてレコーディングが待ち遠しいって感覚になりました。

ーー久保さんが気持ちよく歌える音域ということもあるんでしょうか、聴いていると過去の楽曲以上に心地よくて、ずっと聴いていたくなるんです。

久保：（拍手しながら）ああ、うれしい！　曲の感想をまだあまり耳にしていない状況なので、本当にうれしいです！

シンプルとも言えるし、短編小説を読んでいる感覚にもなれる

ーーこのナチュラルな感じは、初期の作品ともまた違うものですよね。

久保：そうなんですよね。シンプルとも言えるし、でも1曲通して短編小説でも読んでいるかのような感覚にもなれるし、すごく心を込めて歌っているようでもあるし、意外と何も考えないで歌っているようでもあるという、聴く人によっていろんな見え方があるのかなと思うんです。

ーー歌詞も久保さんがおっしゃるように物語性が強く、ポエムのようなタッチだなと感じました。

久保：そうなんです！　でも実はこれ、さっき話したデモの段階での仮の歌詞とはまったく違うものなんです。サビの最後の〈君なら君しか〉以外は全部変わったんじゃないかな。最初の歌詞は作曲家さんが仮で入れたものだったんですが、その歌詞が私的にかなり刺さる内容だったんです。

　なので、新しく届いた歌詞もすごく良かったんですけど、最初の仮の歌詞を聴きすぎてしまって、どこか違和感を覚えてしまい……仮の歌詞はどこかなんとも言えない暗さがあって、そこが気に入っていたんですよね。それまでの私の楽曲って、明るい歌詞が多かったじゃないですか。だから、その反動なのか「暗めの曲が欲しい！」みたいな気持ちがずっとあったから、最初の仮の歌詞にグッときてしまっていたんです。

　そこから、スタッフさんや作詞家さんに「すごく言いづらいんですけど、完成版だと雰囲気が綺麗すぎるかも」という話をして。「ベースとしては新しく送ってもらった歌詞で、ただ譲れないフレーズに関しては一応、伝えてもいいですか？」と、仮の歌詞で好きなフレーズ……そこが暗そうなところだったと思うんですけど（笑）、「世界観が壊れてしまう様であれば無理はせずに、可能であればこう歌えたらうれしいかも。あとはお任せします！」と相談したんです。そうしたら、結果すごいやつが完成して。変に綺麗で明るすぎたりもせず、でも暗すぎずっていう、とにかくバランスがめっちゃ良いですよね。それが逆に葛藤してる感も出ていて、サウンドにもすごく合っている気がするし。なので、おっしゃっていただいたようなポエムのようなというのも、表現としてしっくりくるものがありますね。

ーーそこも、自分の意見ややりたいことを伝えられるようになった今だからこそですね。となると、現時点における久保さんにおけるベストな1曲なんじゃないでしょうか。

久保：そうですね、本当にそういう1曲になったと思います。