『8番出口』『バックルームズ』に共通するホラーの美学とは? “ゲーム的映画”が流行る理由

 全米初週1位獲得、全世界興収は630億円超えとも報じられている大ヒット映画『バックルームズ』が、9月4日に日本でも公開された。

 同作は日本でも『8番出口』でお馴染みとなった“リミナルスペース”と呼ばれる概念を映像化した作品だ。インターネットからゲーム、映画へと広まりつつあるこの想像力のあり方について考えてみたい。

大ヒット上映中!映画『バックルームズ』本編映像

「バックルーム」から広がる、不気味な空間の美学

 まず映画『バックルームズ』が直接的に題材としているのは、海外で流行した「バックルーム」というインターネット上の都市伝説(クリーピーパスタ)だ。

 発端となったのは2018年~2019年頃。匿名掲示板「4chan」の「cursed images」(呪われた画像)スレッドに、黄色い屋内の風景を映した画像が投稿された。一見何の変哲もない空間だが、なぜか不気味に見える……という奇妙な画像だ。その後、別のスレッドで同じ画像が投稿された際にさまざまな設定が付け加えられ、不特定多数の匿名空間のなかで1つのストーリーが立ち上がり始める。

 そして映画『バックルームズ』の監督ケイン・パーソンズは、この都市伝説を形成していった多数のうちの一人だった。自身のYouTubeチャンネル「Kane Pixels」にて「バックルーム」をモチーフとした短編映像を多数投稿していったのだ。

The Backrooms (Found Footage)

 そうした経緯から映画の制作が実現したわけだが、作中の世界観はケインが作り上げたものでありつつ、都市伝説をしっかりと継承したものでもある。たとえば都市伝説では、現実世界におけるバグのような壁抜け(noclip)によって「バックルーム」に行きつくとされていたが、この設定は映画にも受け継がれていた。

 ここで重要なのは「バックルーム」がたんなるインターネットの流行を超えて、新たな想像力を生み出す源泉となっていたことだ。その想像力は、具体的には「リミナルスペース」という概念として言語化されている。

 概ねリミナルスペースとは、ショッピングモールや地下鉄の通路など、本来大勢の人々がいるはずの場所に“誰もいない”という奇妙な感覚、あるいは不気味さを指す言葉として使われることが多い。

 またリミナルスペースを美学的な系譜として論じたALT236の著書『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』(フィルムアート社)では、「普段は人びとが行き来してにぎわっている場所から人の場所を取り除いたとたんに、その場所は別のものになる。実用性を事実上すっかり失ってしまい、別の様相へと変容する。不確かで奇妙な様相が、恐怖への新たな扉を開くのだ」とも語られている。

 その一方で加速主義の代表的な批評家、マーク・フィッシャーの著書『奇妙なものとぞっとするもの──小説・映画・音楽、文化論集』(Pヴァイン)に出てくる「ぞっとするもの(eerie)」という概念も、リミナルスペースを先取りするものとして評価されているが、これは「何もないはずのところに何かが現前しているときや、何かがあるはずのところに無が現前しているときに生じる」感覚と定義されていた。

ゲームが育んできた「リミナルスペース」の感覚

 少々小難しい議論に見えるかもしれないが、実際には多くの人がリミナルスペースの感覚に馴染んでいると思われる。それをもたらしている媒体こそがゲームだ。

 たとえば昨今のインディーゲーム界隈では、ウォーキングシム(ウォーキングシミュレーター)がブームを巻き起こしている。同ジャンルは文字通り、空間のなかを歩き回るというシステムで定義づけられるが、そのなかでも不気味な空間や奇妙な空間を舞台としたホラー系ウォーキングシムが人気を博している。

 『8番出口』は、まさにこうしたリミナルスペースの感覚を取り入れたホラー系ウォーキングシムの代表作だ。一見どこにでもありそうな地下通路だが、どこか落ち着かない気分にさせられる奇妙な空間。そのなかで出会うのは、機械的に同じ行動を繰り返す男性だけ……。誰もが見慣れた日常風景を不気味な空間に“上書き”するという企みには、「バックルーム」と共通する想像力が流れ込んでいる。

PlayStation®4・5版『8番出口』トレーラー

 とはいえ、「バックルーム」以前からリミナルスペース的な想像力で作られた作品があったという説もある。たとえばALT236の前掲書でも、弐瓶勉氏のマンガ『BLAME!』や上田文人氏が手掛けたゲーム『ICO』、今敏氏のアニメや『サイレントヒル』シリーズなどが“リミナルスペース前史”に位置づけられていた。

 さらにゲームの文脈でいえば、初代PlayStationやNINTENDO64の頃に作られたソフトは、今振り返ると独特の空間性を表現するものが多かった印象だ。『スーパーマリオ64』がリミナルスペース的だということは散々指摘されているが、ローポリゴンで造形された夢のような、あるいは悪夢のような3D空間はほかにもさまざまなゲームに見られた。

 また伝説的なフリーゲーム『ゆめにっき』のように、2D作品でありながらリミナルスペース的な美学を先取りしていたという例もある。

ゲームの空間体験は、どう映画へ受け継がれるのか

 映画『バックルームズ』の世界観にも、そうしたゲーム的な“謎空間”の手触りは色濃く反映されている。実際にケイン・パーソンズは幼い頃からゲームに影響を受けていたことを語っており、とくに『Portal』や『Half-Life』のタイトルを挙げていた。ゲームで培った感覚を映像制作へ持ち込む“新たな世代”と言えるだろう。

 それに対して映画版の『8番出口』は、どちらかといえばストーリーに重きを置いた内容になっている。とはいえ“ゲーム的な体験”を映像化しようとするなかで、リミナルスペースの手触りが表現されているシーンはたしかにあった。

 ゲームに影響された世代が増えるに従って、『8番出口』や『バックルームズ』のような映画がさらに増えていくはず。それに伴って、リミナルスペースの概念も拡散と浸透を続けるだろう。ゲームと映画、インターネットを貫いて進化する美学に注目していきたい。

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