テクノロジーと人工筋肉で出来た“やわらかいロボット”って? 『Morph inn』に感じた、未来のセラピーのかたち

 なんの変哲も無い焚き火をカメラに収め、それを数時間にわたって流し続けるような動画を視聴したことはあるだろうか。

 動物に触れたとき、春先のそよ風を感じたとき、川のせせらぎに耳を澄ませたとき。規則性を持ちながら、それでいて自然ならではの揺らぎを持つ現象に、我々はえも知れぬ心地よさを覚える。

 そんなヒーリングとリラックス効果のある「自然界の揺らぎ」を、人工筋肉とデータの抽出によって再現したプロジェクトがある。ブリヂストンの社内ベンチャーである「ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ」とクリエイター集団・Konelが手がけた、無目的室『Morph inn(モーフ・イン)』だ。本稿では、実際に体験した感想をお届けしたい。

現代社会には「甘えられる存在」が不足している?

 ことし5月に期間限定でおこなわれたこの取り組みは、未来の体験を提供するための共創型プロジェクトとして立ち上げられた、ゴム製の人工筋肉でできた「Morph」を体験するための施設だ。この人工筋肉は、ゴム製のチューブと外側を覆う特殊な構造の繊維の2層構造になっており、空気を送り込んだ際の膨張を繊維が抑え付けることによって半円状に曲がるような動きを見せる。

 この一定の動きを再現する人工筋肉に、自然から抽出したデータをプログラムしてやることで、揺らぎを産み出すというのが、このプロジェクトの核となる部分だ。なぜこうした取り組みをロボティクスの会社が取り組むことになったのだろうか。その理由について、Konelの出村光世氏は「現代社会において甘えられる存在を作りたかった」と語る。

「ロボティクスというと、やはり何かを掴んだり、重い物を運んだりといった産業に使われる技術という印象がありました。しかし、初めてこの人工筋肉に出会ったとき、私はこれを沢山繋げてダイブしてみたいと思ったんです。

 それが何故なのかを考えていくと、現代社会における“甘えられる存在の少なさ”に行き着きました。そうした状態は、家族にはさらけ出すのが難しかったり、ペットでは全身を預けられなかったり、さまざまな課題がある。そこで、人や動物ではなく相手が柔らかいロボットであることが新しい価値に繋がるのではないか。そう考えてさまざまな試行錯誤を重ねました(出村光世氏)」

Konel・出村光世氏

 こうして、『Morph inn』は、「ベッド」と「布団」のようなふたつのMorphを体験することができる施設となった。自然界のさまざまな映像から特徴点を抽出した30種類ほどのモーションデータによって動作するふたつのMorphは、有機的な動きを生み出し、体験者の身を包む。

規則的に不規則を生む、Morphがもたらす不思議な感覚に身を預けて

 実際に体験してみると、不思議な感覚だった。外側から触ってみると、何の変哲も無いソファーベッドのような質感を持つMorph。ベッドのほうは、寝そべってみるとまるで「不定形のなにか」に包み込まれるような、沈んでいくような感覚を覚える。動きに集中しても明確な規則性はなく、見いだすのではなく、揺らぎに身を任せることとなる。

 布団のようなMorphの方は、生き物がやわらかく抱きしめるような動きをする。ぎゅっと締め付けられるのではなく、本当にやんわり包み込んでくるような感覚で、それが心地良い。動物的な動作と、動物と異なる繊細さ・感触に身をゆだねていると、身体がじんわりと暖まってきて、いつまでもこうしていたくなるような、そんな気持ちにさせてくれる。

 都市部に住んでいると、時間に追われ、情報の洪水にさらされ、どこにいても喧噪が耳に入ってくる……そんな生活になってしまいがちだ。すると、こうした「心地よい揺らぎ」からはどうしても遠ざかってしまう。

 我々が街に緑をそっと配置したり、アウトドアのアクティビティがもたらす非日常を楽しんだりすること、あるいは動物の息づかい、音楽のグルーヴといったものに癒やしや高揚感を感じるのは、現代社会において触れる機会が減ってしまった“揺らぎ”を求めているからではないだろうか。

 AIやロボティクスの発展によるオートメーション化が進む現代において、こうしたデジタルデトックス的な技術はますます注目を集めるだろう。マジックテープが植物の構造を研究して誕生したように、自然界の揺らぎから着想を得て誕生した「Morph」が(あるいはその発展形が)、将来的に“メンタル版マッサージチェア”のような形で、手軽なセラピーの手法として定着するかもしれない。無機物が有機性を宿すことで、甘えられない誰かが存分に甘えられるかもしれない。『Morph inn』は、そんな期待感を抱かせてくれるプロジェクトであった。

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