連載:作り方の作り方(第七回)
放送作家・白武ときお×作詞家・児玉雨子が語る“創作のマイルール”
「こう書こう」よりは「こういうことはしない」を大切に
白武:僕は作詞家さんの能力のすごさの項目とかそれを測る指標などが分からないのですが、児玉さんは、等身大の女性の気持ちを言葉にできたり、言葉遊びが面白かったりするなどいろいろなすごさがあるなと感じていて。ご自身ではどういうのが得意とか好きとかありますか?
児玉:自分の特性が分からなくなることはよくあるんですけど、それでも歌詞を書いたらファンの方々が「やっぱり雨子だよね!」と喜んでくださるので、こういうのが私らしさなんだな、と都度感じています。
白武:では、あんまり自分らしさみたいなものを意識して歌詞に入れるわけではないんですか?
児玉:自分らしさは大事だと思っているんですけど、どちらかといえば消去法ですね。「こう書こう」というよりは「こういうことはしない」。作詞においては、聴く人がどんなものを聴きたいのかを考えて書くようにしています。
白武:なるほど、エンターテイナーですね。
児玉:白武さんは、ご自身のルールみたいなものは持っていますか?
白武:僕も似てるかもしれないですが、同業者のムーブメントや近しい人がやっているとそれとは違うことをしようと思ったりしますね。専門的にやってきた人には勝てないし、同じようなゾーンを面白がっていると目立てないし。だから常に、あまり踏まれていないゾーン探しをしています。
児玉:分かります! 私も同じタイプです。
白武:アーティストも、山を登り続けるような人もいれば、次々と新しいことをする人もいますよね。僕の場合はテンションを保つためにも後者なんですが、児玉さんはどうですか?
児玉:私も後者ですね。前者だと評価する人もいるかもしれないけど、私のなかでは後者。飽きちゃうので。
白武:たとえば、僕の印象なんで全然違うかもしれないんですが、スピッツさんは結構身近な恋愛や小さい出来ごとを歌っていて、Mr.Childrenさんもある時期まではそういうのが多かったけど、年数を重ねていって地球とか平和のことを歌うようになっていってるなと。スケール感が変わっていったり、歌いたいテーマが変わっていったり。ウケているゾーンの中で積み上げていくのか、さらに新しい一面とかスケール感を更新していくかは別れますよね。
児玉:あるあるだと思います。「あの時期は良かった」と言われるような……。
白武:お笑いもありますね。賞レースで戦ってる時期がよかったとか。結婚したからこういう恋愛系の企画は成立しないとか。運動系とかも、若いうちは動けたけど、走れなくなってきたとか。
児玉:その人自身が求めた変化ではないとなると、ぐっと生々しい感じになりますね。
白武:「あの時の面白いのがもうできない」というのもありますね。価値観のアップデートによって、いまではもうウケなかったり。お客さんの反応がすぐにわかるのでシビアですね。
個人事業主として活動するふたりのお金事情
白武:僕もそうですが、児玉さんも個人事業主として活動をされているんですよね。
児玉:作品の管理をしてくれる事務所には所属していますが、会社員としての雇用契約ではなく専属マネジメント契約ですので、区分としては個人事業主ですね。メインの収入が印税なのですが、振り込まれるのは毎月ではなくて、年に数回決まったタイミングで事務所や音楽出版社からドンッと振り込まれる感じです。だから「今月の入金はゼロ」みたいなこともありますよ。
白武:毎月は入ってこないとなると、これまで口座の残高がピンチになったことはありませんか?
児玉:ないですね。私、どうやらお金のやりくりが得意なようです。数字をチェックして収支の帳尻をきっちり合わせるようなことが息抜きになります。クリエイターは、確定申告とか苦手な人が多いじゃないですか。
白武:そうですね。僕も苦手なので任せてますね。
児玉:私は確定申告をするときも、すっごく楽しく電卓叩いてますから。パズルをしているような感覚です。
白武:お金に関していうと芸人さんは、自分を追い込むために無理して家賃の高い家に住むとか、そういうことをする人をよく見かけます。
僕もわりとそうで、自分の身の丈にはちょっと合わないところに住むようにして無理をしてきてますね。児玉さんは自分を鼓舞するために、そういう負荷をかけるようなことはしますか?
児玉:お金関係で負荷をかけることはないですね。作詞家としてある程度の収入を得られるようになってからもめちゃくちゃ安い部屋に住んでいましたし、「高い家賃を払わなければ、そのお金でお寿司食べられるじゃん!」とか思ってしまうタイプです。できればいまでも郊外に住みたいくらい。
白武:郊外ですか? お仕事のことを考えると、不便そうですが。
児玉:お金をかけたい部分がそこじゃない、という感じです。いいところに住みたいとか、好きなブランドはあっても、高級なブランド品を持ちたいといった欲もないですし。やっぱり本とか音楽とかにお金を出したいです。
『##NAME##』は自分にしか書けない内容
白武:児玉さんの新刊『江戸POP道中文字栗毛』、とても面白かったです。僕は扱われていたような古典には触れてきていなくて。どんなところから魅力を感じていったんですか?
児玉:たとえば、江戸時代でいうと都会や遊里で男が失敗するような作品が盛んで、お上の命令で「享楽的なものはダメ、ちゃんとした恋愛ものを書きなさい」と言われたのに、当時の作家はみんなふざけたがる。最後は泣ける感じで終わるのに、最初の方はすごくふざけているものがあるんです。そこにわりと無茶な緩急があって、面白い。
また、夜の営業時間中は煌びやかで美しい遊女たちでも、朝になれば化粧が崩れてニキビや、性病による疱瘡だらけという、ある種、男性客にとっては不都合な様子を描こうとする姿勢も好きでした。
白武:なるほど。『江戸POP道中文字栗毛』のなかでもそういった面白がり方がたくさん載ってて凄いなあと思いました。
児玉:そうですね。教科書に載っていないだけで、実は本当に面白い古典作品がたくさんある。私は小説も書くので、編集者さんから「時代物の小説を書きませんか?」と言われたんですけど、そういった作品を書けるほど詳しくはないので、読書エッセイという形になりました。
白武:それでいうと小説『##NAME##』は、かなり関連カルチャーへの造詣が深い人が書いているんだろうなと思って読んでました。ジュニアアイドルとか夢小説とか、長い時間触れてきている人じゃないと掴み取れないことを、自分の言葉にして書かれているんじゃないかなと。
児玉:そもそもかつて私がオタクだったので、関連カルチャーに長く触れてきたことは関係していますね。
白武:向きあうには覚悟がいるテーマだと思ったんですが、なぜあの作品を書こうと思ったんですか?
児玉:いつかは書きたいと温めていたものではあります。でも、インパクト勝負になってはいけないし、作中に登場するような子を「たまにいる、かわいそうな子」と思われないようにしたかった。だからこそ、慎重に書いています。
あと、「実際に仕事の現場でそういうことを見てきたんですね」と言われることが想定されるのもネックでした。あくまでフィクションとして書いているのに、実際にいま、言われていますし。
白武:危機意識というか、嫌な部分に目を向けて切り込んで警鐘を鳴らすような覚悟があったりしましたか?
児玉:そもそも、歌って踊る「アイドル」と「ジュニアアイドル」って、4文字が被っているから同じように見られるんですけど、まったく違うんですよ。だから「アイドル」について暴露するような意味で書いたものではありません。極めて個人的な、女の子二人の物語として書いております。
白武:ぼくはアイドルやジュニアアイドルの知識があまりなくて、小さい女の子のチェキ会とかハグ会とかのショート動画がSNSで流れてきて、ギョッとしたりする程度で。『##NAME##』を読んで初めてちゃんと考えましたね。