松下奈緒が『大追跡』で示した“新時代の刑事像” 『ゲゲゲの女房』とは異なる新たな魅力
『大追跡~警視庁SSBC強行犯係~』(テレビ朝日系)は、防犯カメラやデジタル解析を駆使する組織「SSBC」を舞台にした刑事ドラマである。昭和型の“足で稼ぐ”捜査と、令和型のテクノロジーによる解析。この2つのスタイルが激しく衝突しながらも協働していく人間ドラマは、王道と革新の融合を目指した企画だ。脚本を務めるのは『HERO』(フジテレビ系)やNHK大河ドラマ『龍馬伝』などで知られる福田靖。伝統ある「水曜21時」枠に送り出された完全新作として、その注目度は高かった。
そんな本作で警視庁捜査一課の主任・青柳遥を演じているのが松下奈緒だ。画面に登場するだけで場の空気を変える圧倒的な存在感。冷静沈着に現場を仕切り、時に鋭い言葉で部下や周囲を導く姿を目にして、「これまでの松下奈緒とはまったく違う」と驚かされた視聴者も多かったに違いない。
遥は、警視庁捜査一課の主任刑事。いわゆるキャリア官僚ではなく、所轄から本庁へ異動してきた“ノンキャリア”の叩き上げである。特徴的なのは、その立ち居振る舞いだ。174cmの長身を生かした立ち姿はそれだけで説得力を放ち、現場での存在感を際立たせる。細部にまで職務へのリアリティが宿っており、刑事という仕事に全力で向き合う人物像が自然に浮かび上がってくる。松下の確かな身体性があってこそ、青柳遥というキャラクターは“実在する刑事”として視聴者の目に映るのだ。
特筆すべきは、その演技が従来のパブリックイメージを大胆に覆している点だろう。松下と言えば、やはり2010年のNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』での布美枝役が象徴的だ。戦後の混乱期に漫画家である夫を献身的に支え続ける姿は、“昭和の良妻”を体現する国民的ヒロイン像として広く愛された。穏やかで清楚、柔らかな微笑み。そうしたイメージが、長らく彼女を語る際の枕詞となってきた。しかし『大追跡』の遥は、その真逆を突き進む。第1話での「クソ野郎を捕まえる」という台詞は、長年のイメージを破壊する強烈な瞬間だった。毅然とした声、冷たい眼差し。そこには“清純派”の面影はなく、職務に誇りをかける一人の刑事の姿があった。このギャップが視聴者に新鮮な衝撃を与えたことは間違いない。
また、遥の人物像を複雑にしているのが、大森南朋演じる伊垣修二との関係性だ。2人は元夫婦という設定を背負いながら、それぞれ異なる部署に所属し、ときに協力し、ときに衝突する。部署間の対立がそのまま夫婦としての過去の確執に重なり、会話の裏に未練や後悔が滲む。松下はその繊細な感情を、視線の揺れや会話の“間”といったごく小さな要素に込めていた。説明的なセリフはなくとも、確かに存在した時間を視聴者に感じさせる。その精度の高さが、遥を単なる強気な女性刑事にとどめず、人間味のあるキャラクターへと引き上げていたように思う。
興味深いのは、脚本家の福田靖自身が「まだキャラクターを描ききれていない」と語っていたことだ(※)。にもかかわらず、遥は完成された存在として強い印象を残した。それは松下が自らの芝居で設定以上の厚みを補完し、余白を埋めていたということだろう。セリフに頼らず、所作や空気の作り方でキャラクターを成立させる。長年にわたって映像と舞台で培ってきた経験が、ここで遺憾なく発揮されたと言えるだろう。
彼女のキャリアの軌跡を振り返れば、その進化は一層鮮明になる。布美枝は家庭を支える良妻であり、遥は現場を仕切るキャリア刑事。正反対の存在でありながら、どちらも“守るために生きる”という軸を持っている。松下は、対象が変わればまったく異なる人物になれる俳優だ。そこに共通して流れているのは、誰かのために自分を変えられる誠実さである。
『大追跡』において、知的で冷静、時に苛烈さを見せる“新時代の刑事像”を提示したことは、今後の活動においても大きな意味を持つだろう。高身長を生かしたアクション、組織を率いるリーダー役、あるいは冷徹さと優しさを併せ持つ複雑な役柄。彼女へのオファーの幅は確実に広がっていくはずだ。
作品全体の評価は賛否が分かれたものの、松下の演技だけは一貫して高い評価を獲得した。与えられたイメージを逆手にとり、ギャップを武器に変えた遥は、彼女にしか生み出せない存在だった。『大追跡』は刑事ドラマの刷新であると同時に、松下という俳優の刷新を告げる作品であり、今後のキャリアを語るうえで必ず参照される一本になるだろう。
参照
※ https://www.tv-asahi.co.jp/daitsuiseki/news/0011/index.html
2009年に警視庁に新設された分析・追跡捜査の専門部隊「SSBC=捜査支援分析センター(Sousa Sien Bunseki Center)」を舞台に、そこを取り巻く人間模様を描く。
■放送情報
『大追跡~警視庁SSBC強行犯係~』
テレビ朝日系にて、毎週水曜21:00~放送
出演:大森南朋、相葉雅紀、松下奈緒、伊藤淳史、髙木雄也、足立梨花、丸山礼、野村康太、佐藤浩市、遠藤憲一、光石研ほか
脚本:福田靖
監督:田村直己、豊島圭介、小松隆志
ゼネラルプロデューサー:服部宣之(テレビ朝日)
チーフプロデューサー:黒田徹也
プロデューサー:藤崎絵三(テレビ朝日)、目黒正之(東映)
音楽:沢田完
制作:テレビ朝日、東映
©テレビ朝日・東映
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