『あんぱん』北村匠海「そのままで最高」に込められた愛 動き出した“アンパンマン”も

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第105話は、タイトルバックなしのほぼフル尺15分間で、メインに描かれるのはのぶ(今田美桜)だ。

 嵩(北村匠海)との近距離別居生活が続くのぶは、登美子(松嶋菜々子)から嵩の名前が、中国の嵩山に由来があることを聞き、山へと向かう。登山の途中、すれ違う親子が口ずさむのは、嵩が作詞を担当した「手のひらを太陽に」。息を切らしながら山頂に辿り着いたのぶを待っていたのは、見晴らしのいい大自然の景色。のぶは大きく息を吸い、「手のひらを太陽に」を小さく歌った後、「嵩ー! ボケー!」と叫ぶ。瞳には涙を浮かべながらも、そこには吹っ切れた後の、はちきんのぶがいた。

 のぶが腹を立てていたのは、嵩ではなく、自分自身だったのだろう。かつて父・結太郎(加瀬亮)に言われた「夢は大きいばあえい。女子も遠慮せんと大志を抱き」という言葉を胸に教師を目指し、代議士の秘書、会社勤めを経験したが、何一つやり遂げることができなかった。何者になることもできずに、ましてや赤ちゃんを産むことさえも――。そんな自分が情けなくて、世の中に忘れられたような、置き去りにされた気持ちになると、涙を浮かべるのぶに、嵩は「のぶちゃんはずっと誰かのために走ってた。いつもいつも全速力で。のぶちゃんがいなかったら、今の僕はいないよ。のぶちゃんは、そのままで最高だよ」と優しく語りかける。

 そう、いつだってのぶは嵩の前を無我夢中で走ってきた。学生時代も、高知新報でも、東京に来る時も。嵩にとってのぶは愛する人であり、目標とする人でもあった。のぶが嵩の手を取り、先導するイメージ。のぶがいなければ、今の嵩はいない、というのはあながち間違いではないだろう。

 人は分かりやすい結果や答えを求めてしまう。人生の節目に立ち、何者にもなれなかったと思うのは、のぶだけでなく、多くの視聴者が共感することだろう。何気ない励ましの一言でも、その人にとってはたまらなく嬉しくなるものだ。筆者にもそんな経験が何度もある。「そのままで最高だよ」という飾らない言葉でいいのだ。 

 この後、漫画家として有名になっていく嵩はある種、『あんぱん』の本筋とも言える物語だが、のぶを“何者にもなれなかった”として悩むヒロイン像をこのタイミングで描いたのは、多くの視聴者の背中を押す脚本であり、構成だと感じた。余談だが、RADWIMPSの「夢番地」の歌詞を思い出す回でもある。

 一方の嵩は、幼少期にヤムおんちゃんこと草吉(阿部サダヲ)からあんぱんをもらったことを思い出し、久しぶりに漫画の筆を進めていた。「たまるかー! この太ったおんちゃん、最高やね。あんぱん配りゆう」とのぶが嬉しそうに声をあげる、その漫画は後に子供たちに大人気の『アンパンマン』になるのだが、それはまだ先の話だ。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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