『おちょやん』笑いでつながった兄弟 万太郎は死なず舞台の中で生き続ける
笑いのネタで難しいお題の一つが「死」だ。滑ったらシャレにならないし、一歩間違えれば不謹慎と言われてしまう。それでも、笑いを志すものなら王道ネタの「死」は避けて通れない。道頓堀の喜劇王は、自らの死を笑いに変えて舞台を去った。
『おちょやん』(NHK総合)第92回。病で余命わずかな万太郎(板尾創路)は、鶴蔵(中村鴈治郎)に頼んで1日限りの舞台に上がる。声が出ない役者として致命的な状態でパートナーに選んだのは、須賀廼家兄弟劇の片割れ、千之助(星田英利)だった。
鶴亀新喜劇の結成前夜。「あんなんで板の上立っても恥さらすだけじゃ。死んだ方がマシじゃ」。かつての相棒の姿にショックを隠せない千之助に、千代(杉咲花)は「これがほんまに万太郎さん最後の芝居になったら、悔い残してしまうのとちゃいますか」と返す。当の万太郎一座も若手が戦地から戻って来ず、役者の駒が足りない。こうして40年ぶりに兄弟の共演が実現した。
「お前は今日死んだ」。最後のネタは「死」。万太郎を見送るのは閻魔大王に扮した千之助である。「お前が生前、人を喜ばせた数と悲しませた数。そのどちらが多いかで極楽、地獄が決まるのじゃ」。無言劇の万太郎とセリフ全てをしゃべる千之助が、絶妙な呼吸で会場を沸かせていく。笑わせた人の数よりも泣かせた女のほうが多いので地獄行き。そう思わせておいて、その場で客をたくさん笑わせたので地獄行きは免れる。ウケていないと成立しないネタをぶっこんでくる攻めの姿勢は、最後まで変わらなかった。
「あんたの考えてることはみんなわかるわい」。声の出なくなった兄貴分に呼びかける“弟”千之助の言葉に胸が詰まる。人気絶頂のさ中、袂を分かってから40年間、千之助は心の中で何度も万太郎に語りかけてきたに違いない。あうんの呼吸で旋風を巻き起こした兄弟が舞台で相まみえることはなかったが、その後も互いの存在を意識し、自らの笑いを深化させてきた。腹の底の底まで知り尽くした2人は、全てを超えて笑いによってつながっていた。
去りかけた万太郎が立ち止まって、名残惜しそうに振り向く。「分かったよ。これからもきっと皆ものう万太郎兄さんを思い出して笑いよるわい。そうやってずっと生きていくんじゃ」。喜劇役者は死なず。万太郎は舞台に生き、笑いに包まれて死んだ。初代天海天海(茂山宗彦)の葬儀で、紙吹雪を舞わせて笑った万太郎。当時はずいぶんなブラックジョークに感じられたが、「笑いながら見送られたい」という万太郎の願望そのものだった。
道頓堀を芝居の街にした立役者の死は一つの時代の終わりを告げていた。一平(成田凌)新喜劇の旗揚げを決意し、「泣き笑い」は新しいステージへ進んでいく。
■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログ/Twitter
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/