野村周平が極める軽薄キャラの魅力とは? 『溺愛カレシの作り方』で見せた演技

原作の職場設定を効果的に改編

 野村周平が市役所の職員役を演じるということで一体、どんな堅物キャラを造形するのかと想像した。だが、実際に出演ドラマ『溺愛カレシの作り方 〜セから本命になる女の子の話〜』(テレビ東京系、毎週水曜深夜放送中)を見ると、随分予想に反していた。野村演じる綿貫圭介は堅物どころか、浮わついた性格の曖昧男だった。

 これはどうしたものか。慌てて原作漫画(ざくざくろ作)を読んでみる。すると職場設定がまず違う。圭介は市役所ではなく、観光地にあるホテルで働いている。観光客でにぎわうような職場なら、確かに多少浮わついていた方が、職務が円滑に運ぶこともあるのかもしれない。でも市民生活を担う市役所の職員が、ただただ浮わついていていいはずがない(もちろん必ずしも堅物である必要もないのだが)。

 せめて折り目正しい人物像が望ましいと勝手に思ってしまうのだが、では、なぜ原作の職場設定を改編したのか? これはおそらく、固い職種に就いている人物が、実は固くもなんともない、むしろ軽薄極まりないキャラクター性であった方がドラマとして面白いからではないかと思う。そう、単純に。しかもそれを野村周平が演じることでドラマとしてもより効果的となる。

曖昧な恋愛関係を体現する存在

 仮に圭介が原作通りにホテルの従業員だったら、そこまで軽薄な人物にはうつらないもしれない。主人公・白井桜(与田祐希)が圭介と同じ職場に勤務している設定に違いはないが、原作の圭介は暇をもてあましているかのように、桜がいる受付に別の棟からやってくる。デートの約束を取り付けるためだ。

 市役所内だとそうはいかないだろう。上司や同僚の目をかいくぐったとしても、桜の席までいって堂々とデートの申し込みができるとは思わない。実際、野村演じる圭介は、自分からは決して桜がいる場所に近寄ろうともしない。逆に圭介に対する気持ちが一方的に募る桜は、役所内でも彼と接触できそうなタイミングを探し、それは決まって圭介が前を歩く廊下という偶然のシチュエーションとして用意されている。

 会いにいくのは必ず桜というところにも重要な改編ポイントがあり、彼女の高まる気持ちとあくまで絶妙な距離を保とうとする圭介の恋の駆け引きが浮き彫りになる。第1話中盤、初めて身体と身体を重ねようとする桜が、圭介にこう聞く。「私って圭介君の何?」。彼が聞き返す。「わかんない?」。彼女が答える。「わかる」。圭介は言葉巧みに主導権を握り、曖昧さを決め込む。こうした恋愛関係を体現する存在を演じさせたら、野村周平の右に出る者はいないだろう。

野村周平が極める軽薄キャラの魅力

 第2話の合コン場面で、圭介が向かいに座った女性に芝居がかった口ぶりでこんなことを言う。「付き合うって何だろうって」。付き合っているかいないのか。どちらかはっきり明言することを周到に回避している。どこかニヒルな響きすらともないながら、圭介は女性たちと曖昧な関係を続けようとする。それが楽だからだ。

 原作の圭介も酔って同じような台詞を吐くが、野村は圭介の葛藤をない交ぜにして演じている。だから単なる曖昧男というわけでもなく、彼は彼なりにやり場がないのだ(関係する女性たちからしたらしったことではないが)。加えて、野村がこうした軽薄な男性キャラを演じるとき、常に葛藤の裏返しとしての軽薄さが浮き立つようになっている。

 2016年放送のドラマ『好きな人がいること』(フジテレビ系)で演じた、湘南暮らしのイケメン兄弟の三男・柴崎冬真役もまさにそうだった。冬真は兄の夏向(山﨑賢人)から自分のような料理人になることを期待されていたが、調理学校には行かず遊んでばかりいた。彼女がいるにはいるが、やはり関係性は曖昧で、他の女性にもすぐ気持ちをうつしてしまう。しかし彼もまた、彼なりに葛藤する中でのやり場のなさがあった。野村周平が極める軽薄キャラというのは、常にやり場のない葛藤の中でもがくほど、キャラクターとしては魅力的になるのだ。

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