塩野瑛久に漂う“万能のプリンス感” 『天狗の台所』で見せた超人的リアリティとは?
非現実的な設定を現実に置き換える作業
ここに、世にもスプーキーだが、とびきりキュートな物語がある。主人公たちは天狗の末裔であり、14歳になる1年間、田舎で隠とん生活を送る習わしがある。田中相による原作漫画『天狗の台所』では開巻早々、ちょうど14歳になったニューヨーク育ちのオンが日本の片田舎にやってきて七転八倒するのだが、漫画作品らしい導入に読者は自然と引き込まれる。
だがこれが、実写化映像となると事情は変わってくる。何せ非現実的な設定だ。2023年放送の実写化ドラマ(BS-TBS、Season1)冒頭では、いきなり天狗の末裔であることを告げられたオン(越山敬達)が、自分の出自を咀嚼するための十分な時間も与えられず、とりあえず行ってこいという感じで片田舎にポンと投げ込まれる。視聴者は、これが天狗の末裔の話だと予め理解した上でドラマの展開を見ているとはいえ、やはり非現実的な設定を納得するには映像上でそれなりの工夫がいる。
しかしドラマを見ていると、これが不思議なくらいすんなり納得できてしまう。それはまず田舎で初めて会う兄・飯綱基(駒木根葵汰)に案内されて住まいとなる民家を一目見たオンが、「昔話かよ」(原作では「日本昔ばなしじゃないんだぜ」)と吐き捨てるように呟く台詞が導入としてうまく機能していること。さらに田舎で自給自足するスローライフと丁寧な調理風景にゆるやかな時間が流れ、視聴者が作品世界になじむよう促していることなどの要因がある。その上で、もう一人の天狗の末裔である愛宕有意を演じる塩野瑛久が、細やかな仕草と落ち着いた雰囲気によって、非現実的な設定を現実に置き換える作業を担っている。
どんな役を演じても様になる万能のプリンス感
塩野演じる有意は、48ある天狗の末裔一族の中でも頂点に位置付けられる名門の出だ。とはいえ、今はそうした出自とはあまり関係なく、東京で自由に暮らしている。原作の有意は小麦肌でたくましい体格だが、ドラマの彼は都会的な雰囲気が片田舎とのコントラストを軽妙に形成しながら、ややチャラついている。
犬の声が聞こえたり、背中に羽が生えたり、木登りが得意だったりすること以外、基本的に天狗の末裔たちにはこれといって超人的能力が備わっているわけではない。3人の中でも有意が特に、普通の人間とあまり変わりない。有意は天狗と人間の境界、接点ともいえる存在であり、有意という存在を通じて本作は、天狗の末裔による隠とん生活という非現実的な設定の中にも、人間的なリアリティを担保しているというわけだ。
その上で、塩野瑛久は天狗の末裔であることと人間(的)であることを見事なバランス感覚で両立させている。いや、それこそむしろ超人的な演技力というべきなのかもしれない。月明かりや室内の陰影に溶け込む一条天皇役を演じた大河ドラマ『光る君へ』(NHK、2024)にしろ、どこか超人的な役柄であっても、器用なタイプの俳優である塩野はどんな役を演じても様になる万能のプリンス感がある。
塩野瑛久の超人的リアリティとは?
たとえば、原作の有意が初登場する場面には、自分がいかに名門の出であるのか、「吾は是れ日本第一の大天狗なり!」と胸を張る1コマがある。だがそうした描写を塩野が正確に再現する必要は全くない。彼はただそこにいるだけで、天狗の末裔のプリンスであることを即座に納得させてしまうからだ。それでいて隠しきれないプリンス感のやり場に困るわけでもなく、これまた自然と駄々漏れ状態であっても不自然になることがない。無駄なくさりげない。そしてひけらかさない。だから高貴な存在感になる。
現在放送中の『天狗の台所 Season3』では、東京から田舎にふらっとやってくる神出鬼没感がより研ぎ澄まされ、際立っている。そんな万能の俳優・塩野瑛久の本領は、超人的な役柄以外を演じているときにももちろん認められる。たとえば、2024年放送のTBSドラマ『9ボーダー』第1話序盤、レストランでの場面を思い出してみる。川口春奈演じる主人公・大庭七苗の元同僚である小森誠役で塩野が、ワンシーンだけゲスト出演している。
そろそろ婚期を考える七苗は、妻と待ち合わせていた誠に誰もがうらやむような夫婦像を見せつけられる。だが誠の方には見せつけている素振りなどなく、シルキーなスーツと深い色合いのポケットチーフが控えめに主張するだけで、全く嫌味がない。いったいぜんたい、こんなにさりげなく浮世離れして、少女漫画の登場人物のようにきらきらした夫というのが現実に存在するのかと、首をかしげたくもなる。だが、それこそがあらゆる現代劇を盛り立てる塩野瑛久の超人的リアリティなのだと妙に納得してしまう。