なぜドラマと小説で異なる物語に? 今村昌弘が語る、“並走”企画『0秒前の彼女』で挑んだ「情報を削っていく」ミステリ

『0秒前の彼女』(今村昌弘/双葉社)

 『屍人荘の殺人』をはじめとする本格ミステリで多くの読者を魅了してきた今村昌弘が、新作小説『0秒前の彼女』を刊行した。本作は、今村のアイディアを原点に、福士蒼汰主演のTVドラマ『ハイド&シーク 0秒前の彼女』(日本テレビ系列)との連動企画として制作され、同じ出発点から小説とドラマで異なる物語が並走して展開する異色の試みとなっている。

 絶えず状況が変化するスリラーの疾走感とミステリの謎解きをいかに両立させたのか。これまでの「情報を積み上げる」書き方から「削ぎ落とす」手法への転換、そして登場人物の葛藤を深く掘り下げたキャラクター造形まで、新たなアプローチで挑んだ本作の舞台裏について、著者の今村に詳しく話を聞いた。(編集部)

「小説のドラマ化」とは異なる、ドラマと小説の並走企画

今村昌弘

――今村さんの新作『0秒前の彼女』は、日本テレビ系列のドラマ「ハイド&シーク 0秒前の彼女」との連動企画になっています。そもそも、どのような経緯で成立した企画なのでしょうか?

今村昌弘(以下、今村):株式会社ストレートエッジの髙橋裕介さんに「単に小説を書くだけではなく、最初からドラマとの連動を念頭に置いた作品を書いてみませんか?」と、お声がけいただいたのが切っ掛けです。私と高橋さん、そして『TOKYO MER~走る救命救急室』などを手掛けた大映テレビ株式会社のプロデューサーである渡辺良介さんの三人で相談しながら企画を詰めていきました。話し合いを始めたのは二年前くらいでしょうか。相談を重ね、ある程度企画が固まった段階で、渡辺さんがテレビ局の方に提案を行ってくれたという流れになります。割とじっくり時間をかけて練った企画ですね。

――小説を原作としたドラマを作るというより、小説とドラマのストーリー案が並走しながら作られていった感じなんですね。

今村:そうですね。「死んだはずの恋人から電話がかかってくる」という出発点を共有しながら、小説とドラマで異なる展開のストーリーを作っていく企画です。その意味では一般的な「小説のドラマ化」とは違うものですね。

 小説とテレビドラマ、それぞれの媒体に適した物語の形があると思うんです。テレビドラマではスリリングな展開をとにかく盛り込んで「来週はどうなるのか」という興味で視聴者を引っ張っていく。いっぽう小説では謎解きの要素をきちんと入れ込んで、読者が推理を楽しめるようにする。やはり自分の強みは本格謎解きミステリだと思うので、そこはしっかり取り組んだつもりです。

――確かに小説版の『0秒前の彼女』にも、これまでの今村さんの作品にも通ずる謎解きの要素が盛り込まれています。今村さんの本格ミステリ作品と言えば「屍人荘の殺人」シリーズ(東京創元社)ですよね。同シリーズでは毎回、登場人物が閉鎖空間に追い込まれた中で謎解きが展開していきますが、『0秒前の彼女』は主人公があちこちに絶えず移動するスリラーを基調とする物語です。いわゆるクローズドサークルを舞台にした作品とは勝手が違う部分は多かったのではないでしょうか。

今村:はい、正直に言うと苦労した面はありましたね。ドラマとの連動企画という前提があったため、主人公を様々な危機に遭遇させて物語をどんどん動かしていこうという意識は当初からありました。ただ、そうなると「登場人物が考えを整理する時間がほとんどなくなってしまう」という悩みが出てきたんです。

 クローズドサークルものの謎解きミステリでは、基本的に探偵役が同じ場所に留まり、事件を解くための情報を随時整理しながらお話が進んでいきますよね。そのような場面を挿入することで、読者の側もじっくりと事件について考えることが出来ます。ところが本作では主人公がずっと移動し続けるため、立ち止まって情報を整理する場面をあまり描けない。探偵役が懇切丁寧に目の前で起こっている出来事を解説してくれるシーンが出てこないので、読者の頭がこんがらがってしまう可能性もある。だからこそ「いま、解くべき謎は何なのか」ということを登場人物による説明に頼らず、読者に分かりやすく伝える工夫を常に考えながら執筆していました。

情報を「増やしていく」のではなく「削っていく」

――スリラーと謎解きのバランスを取るのが難しい作品だと思いました。

今村:難しかったですね。例えば物語の疾走感を出す方法として、推理が進むサイクルを素早くするという手もあったかと思います。ただ、本作に関しては「普段はミステリ小説を読まないけれど、ドラマをきっかけに本を手に取った読者」の方々も多いはずです。あまりにも早いサイクルで推理を描いてしまうと、本格謎解きミステリを読み慣れていない人は付いていけないのではないか、という懸念も出てくるわけです。だからといって推理の場面をじっくり丁寧に描こうとするとスリラーとしての勢いが削がれてしまう。その按配を気にしながら小説を執筆するというのは、自分にとっては今までにない試みでした。

――同じ謎解きの興趣を持つ物語を書くにしても、今までとは違うアプローチが求められたのではないでしょうか。

今村:これまでの作品と比べた時の大きな違いは、情報を増やしていくのではなく削っていく書き方をした点です。例えば「屍人荘の殺人」シリーズなどは核となる謎解きのアイディアを決め、それを成立させるために必要な情報を積み上げていくイメージで執筆していました。ですが『0秒前の彼女』については盛り込む情報量を抑えながら、それまで読者が信じていた光景が別の意味を帯びてくることで驚きを与えられるように書きました。少ない手数で驚かせることを本作では心掛けたんです。

 また、登場人物についても必要以上に多く出さないように考えました。主人公にとって都合の良いキャラクターが多いと、主人公が追い詰められている雰囲気が無くなってしまうと思ったからです。

――登場人物と言えば、『0秒前の彼女』に出てくるキャラクターは「屍人荘の殺人」シリーズよりも幾分か大人びていて、現実味のある感じがしました。

今村:『0秒前の彼女』は主人公・津倉が抱く、愛する女性への思いが核になっている物語でもあります。ですから探偵役やワトスン役といった型に嵌まったキャラクターではなく、いかに彼の苦悩や葛藤を掘り下げていくことが出来るのか、という点が重要でした。舞台や設定もリアルに近いものですから、「屍人荘の殺人」シリーズのようなライトノベルのテイストに近いキャラクターとは異なる造形が当然ながら求められていたと思います。物語の雰囲気も基本的にはシリアスですしね。「屍人荘の殺人」シリーズに出てくる明智恭介のような推理マニアが出てきたら、すべては台無しになっていたと思います(笑)。

有栖川有栖の言葉に触発された、“ミステリ作家”としての挑戦

――本作で読者に対して提示される謎は、登場人物が背負うドラマを深く掘り下げたからこそ描けたものだと思います。

今村:有栖川有栖さんが『別冊ダ・ヴィンチ 有栖川有栖のミステリな世界』(KADOKAWA)という本に収録されているインタビューの中で「アイディアを詰め込むことで失われるものがあるように思う」「ミステリって、“どこまで小説になれるか”、場合によっては“どこまで小説のふりができるか”が勝負なんじゃないか」と仰っていて、それを読んではっとしたんです。

 今まで自分は「ミステリとしてどういう仕掛けを施そうか」や「どういう事件を起こしたら読者は楽しんでくれるのか」といったことに意識が向きがちな面がありました。特に探偵役をどのような状況に放り込めばミステリとして面白くなるのか、という点に拘る反面、そのなかに出てくる登場人物たちのバックグランドを掘り下げる様なことはあまりしなかった。これはクローズドサークルという物語の形式上、仕方のない部分も多いです。でも、その状況下に飛び込む登場人物たちにもそれぞれの人生で積み重ねてきた時間というものがあるはずです。そういう登場人物たちのドラマに読者が思いを馳せるような謎を描きたかったという気持ちはありますね。

――こうしてお話を伺っていると、『0秒前の彼女』は今村さんにとって様々な挑戦に取り組んだ作品だと感じました。ドラマを通じて今村さんの作品を初めて知った方にとっても、これまで今村さんの作品を追いかけてきたファンに取っても新鮮な面白さを感じると思います。

今村:先ほども少し話しましたが、ドラマがきっかけで本作を手に取った方のなかには、普段は小説よりもテレビドラマや動画コンテンツなどに親しんでいる人も多いと思います。そうした人が「ドラマとはちょっと違うけれど、これはこれで面白いな」と感じてくれれば嬉しいですし、更にミステリ小説そのものにも興味を抱いてくれるようになれば、それに勝る喜びはありません。他方これまで私の作品を読んでくださった方は「今までとは違うミステリの形式にチャレンジしているな」という感想を抱くと思います。その意味でも確かに『0秒前の彼女』は挑戦の一作であると言えるでしょう。

今村昌弘

■書誌情報
『0秒前の彼女』
著者:今村昌弘
価格:1,980円(税込)
発売日:2026年10月14日
出版社:双葉社
特設サイト:https://fr.futabasha.co.jp/special/zerobyo_kanojyo/

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