ディズニーの名曲はオーケストラでどう生まれ変わる? 日下部勝德×真部裕が明かす、名シーンを彩る音楽の秘密
聴き慣れた歌のメロディーを、さまざまな楽器が奏でる。声や歌詞がなくても、その向こうには登場人物の感情や物語の風景が浮かぶ。10月16日にリリースされる『オーケストラ・ジャパン・プレイズ・ディズニー』は、ディズニーの名曲19曲をフルオーケストラの演奏で届けるアルバムだ。
演奏を担うのは、「ディズニー・オン・クラシック」でおなじみのオーケストラ・ジャパン。『リトル・マーメイド』『リロ&スティッチ』から『モアナと伝説の海2』まで、幅広い作品の楽曲を収めた本作には、ディズニー音楽を奏でてきた楽団の経験と、録音作品としての新たな挑戦が息づいている。
『ディズニー・オン・クラシック』を立ち上げた、本作のエグゼクティブプロデューサーを務めるオーケストラ・ジャパンCEO日下部勝德と、楽団のコンサートマスターであり、本作では演奏に加えて2曲の編曲も手がけた真部裕。オリジナルの魅力を大切にしながら、いかにオーケストラならではの表現を生み出したのか。制作の舞台裏から個々の楽曲の聴きどころ、日常に音楽を届ける思いまで、ふたりに語り合ってもらった。(黒田隆憲)
ディズニー音楽のすごさは「ストーリーとともに音楽を作り続けてきたこと」
ーーまず、今回のアルバムが生まれた経緯を教えてください。
日下部勝德(以下、日下部):きっかけは、ディズニー・ミュージック・グループ プレジデントのケン・バントさんからのお話でした。彼は「ディズニー・オン・クラシック」のファンでいてくれたのもあって、「このオーケストラの音を全世界に広めたい」と言ってくださったんです。僕たちもその考えに賛同して、「それならいい演奏をしなければ」と取り組みました。
ーー19曲の選曲も、ケンさんと相談しながら進めたのでしょうか?
日下部:はい。有名曲も含めて何を収録しようかと、ケンさんと詰めていきました。いかにもオーケストラ映えする曲だけではなく、新しい作品の曲や、普段はあまりオーケストラで聴く機会のない曲もやりましょう、と。
ケンさんもお好きだとおっしゃっていましたが、実は僕の一番のお気に入りも「ハワイアン・ローラーコースター・ライド」(『リロ&スティッチ』)なんです。あの曲をオーケストラで演奏するイメージって、あまりないと思うんです。でも、そういう曲もオーケストラのサウンドで世に出ていく。日本ではアルバムとして多くのお客様に聴いていただいて、世界のどこかでは、もしかしたらレストランなどで流れるかもしれない。そんなふうに、オーケストラが奏でるディズニー音楽を広げたいという思いが出発点にあります。
ーー真部さんは、録音にどんな思いで臨まれましたか?
真部裕(以下、真部):僕はずっと録音を仕事にしてきたので、ここでこそ、今まで培ってきたものをすべて出し切りたいと思いました。ライブとレコーディングは、やっぱり違うものだと思っているんです。ライブでは、お客様と演奏者が同じ空間で、一度きりの時間を共有する。一方、録音はどこでも聴けるものを作らなければいけないし、何度も聴き返してくださる方がいる。だからこそ、細かいところまでクオリティを高めて、何度聴いても感動してもらえるものにしたいという気持ちがありました。
ーー本作でも伝えたい、ディズニー音楽の魅力とは何でしょうか?
日下部:ディズニーが音楽や歌を作るときには、必ず背景に物語があります。例えば「ホール・ニュー・ワールド」(『アラジン』)には、ものすごくポジティブな広がりがありますよね。それはラブソングだけではなくて、ヴィラン(悪者)の歌であっても、その人物にとってはものすごく前向きだったりする。そのように、ストーリーとともに音楽を作り続けてきたことが、ディズニーのすごさだと思うんです。
そして、その音楽が耳から入って、心にストンと落ちる。人間には喜怒哀楽がありますから、悲しいときにはこの曲が聴きたい、楽しくはしゃいでいるときには「ハワイアン・ローラーコースター・ライド」が聴きたい、ということもある。そういう気持ちのひとつひとつに寄り添ってくれる楽曲が、本当にたくさんあるんですよね。
ーー今回は、歌のメロディーも楽器が奏でています。真部さんは「ビヨンド ~越えてゆこう~」(『モアナと伝説の海2』)と「夢まであとすこし」(『プリンセスと魔法のキス』)の2曲を編曲されていますが、どんなことを大切にしましたか?
真部:オーケストラで演奏する強みのひとつは、いろいろな楽器の音色を聴いてもらえることだと思うんです。そこで僕がイメージしたのは、ひとつの楽器がずっとメロディーを奏でるのではなく、楽器同士が会話をしているような音楽です。
僕自身がオーケストラ・ジャパンのメンバーであることも、すごくラッキーでした。編曲しているときに、「ここの音は、この人が吹く」と想像できるので。
ーー楽器だけでなく、その音を出す奏者まで思い浮かべていたんですね。
真部:普段の編曲では、どこのオーケストラが演奏するかは決まっていても、具体的に誰が演奏するのかまではわからないことが多いんです。でも今回は、その人の音色も人柄も知っている。だから「この人なら、こう演奏してくれるだろうな」と考えながら書けました。実際に音になったときには、もう感無量でしたね。「この人たちは、本当に想像どおりの音を出してくれるんだ」と。
ーーオリジナルをよく知る人にも、新しい発見を届ける。そのバランスは難しかったのではないでしょうか。
真部:とにかく、がっかりさせないようにすることが、そもそも難しいんです。オリジナルをすごく聴き込んでいるファンの方が多いので。「こんな楽器で演奏すると、こうなるんだ」と驚いてほしいんですけど、下手をすると「やっぱりオリジナルのほうがいい」となってしまう。有名な曲だからこそ、皆さんの中に強いイメージがありますから。
日下部:そこは難しいですよね。ケンさんからの依頼も、「オリジナルのイメージを崩さずにオーケストレーションしてほしい」というものでした。でも、単純にメロディーをずっとトランペットで吹く、フルートで吹く、というだけでは、取って付けたような音楽になりかねない。
メロディー、リズム、ハーモニーという音楽の要素を押さえたうえで、オリジナルを崩さずに、どう遊ぶか。楽しい、悲しいといったイメージまで伝わるものにしてほしかったので、僕もプロデューサーとして、デモの段階から何度も確認して、編曲家の皆さんとやり取りをしました。
ーー例えば、「ビヨンド ~越えてゆこう~」には、どんなこだわりを込めましたか?
真部:まず、最初のメロディーをどの楽器にするか、すごく悩みました。音域が高すぎる楽器は違うし、フルートでも弦楽器でもないな、と。そこで思いついたのが、イングリッシュホルンです。オーボエ奏者が吹く、オーボエよりも低い音の出る楽器なんですけど、その音色が浮かんだら、次はオーボエだとすぐに思いました。「きっと甘い音色で吹いてくれる」と。その次には、透き通った音色のフルートが浮かんできた。
そうやって木管楽器同士が会話をしながら、曲をどう展開させていくかを考えたんです。サビは3回出てくるんですけど、3回目は絶対に華やかなトランペットだと思っていました。トランペットは大きな音が出る楽器なので、周りでいろいろな楽器が動いていても、メロディーが際立つ。そこで、いろいろな楽器が絡み合う、「これぞオーケストラ」という響きを想像しながら編曲しました。
ーー日下部さんから見て、真部さんの「ビヨンド」の編曲はいかがでしたか。
日下部:オリジナルのイメージから外れることなく、その世界をもっと膨らませてくれたように感じました。「ビヨンド」は『モアナと伝説の海2』の曲ですが、歌詞(歌)がなくても、その背景にあるストーリーを想像できるんです。少し落ち込んでいて、「一歩踏み出さなきゃ」と思っているときに、背中を押してくれるようなオリジナルの力が、ちゃんとある。インストゥルメンタルでもそれができるところが、素晴らしいですよね。真部さんは、楽団のメンバーの音色も含めてよくわかっている。それは本当に大きな強みだと思います。
ーー今回の経験で、編曲への向き合い方は変わりましたか?
真部:僕は基本的には演奏家で、編曲も好きで勉強しましたけど、以前はそんなに積極的ではありませんでした。オーケストレーションには、ものすごく時間がかかるんです。
しかし今回、出来上がったものを聴いて、自分が想像したとおりの音を奏でてくれたと思い、編曲をした者としてこれ以上の幸せはないと感じました。演奏も編曲もやらせてもらえるのは、なかなかないことなので、本当にありがたいことだと思っています。
今後もオーケストラ・ジャパンのためにコンサートマスターとしても、編曲者としても、もっと良いものを提供出来るように努めていきたいと思ってます。