恋リアMCに求められる“ちょうどよさ”とは? 『ラブトラ35+』杏&Snow Man 渡辺翔太らの起用などから考える
10月から11月にかけて、大手ストリーミングサービスであるNetflixとPrime Videoは、『あいの里』と『ラブ トランジット』という、それぞれにとっての人気恋リアコンテンツを配信している。奇しくもどちらも同じ“35歳以上の恋”を扱う恋リアとして注目を浴びる中、同じテーマだからこそそれぞれの作品のMCの動きの違いが目立った印象だ。そして改めて、スタジオトークひとつで、番組の手触りがずいぶん変わることに気づかされる。
過剰な茶化しはノイズに
『あいの里』のスタジオは、3シーズンを通じて田村淳とベッキーの二人体制だ。シリーズ最高との声が上がるほど盛り上がった今シーズンも、その顔ぶれは変わらない。ベッキーは同じ制作陣による『あいのり Asian Journey』からの続投で、いわば番組の血筋を知る人。そこへシーズン1から加わったのが田村だった。住民が身の上を語りはじめると、田村はたいてい誰よりも先に声を詰まらせる。ベッキーはその隣で、住民の矛盾にはきっちり突っ込みつつ、重くなりすぎた空気を笑いで入れ替えていくし、ときには田村よりも号泣する場面も。いい大人がスタジオで隠さず涙を見せるから、こちらも感情を抑えずに観ていいのだと思える。スタジオMCの涙には、そういう効用がある。
男性MCとしての田村の立ち位置も面白い。恋リアのスタジオトークは女性目線が主導しがちだが、癖の強い住民が多い『あいの里』で、田村は男性住民の見栄や臆病さを半ば自分ごととして引き受ける。あと一歩が踏み出せない男の気持ちに頷ける男性がスタジオにいることで、ともすれば“イタいおじさん”で片づけられそうな人物にも、別の補助線が引かれる。
一方で、気になる場面もある。住民を必要以上にネタにするようなコメントだ。『あいの里』は、住民につけたニックネームや字幕、語りの演出で笑いを取りにいく、『あいのり』の流れをくむバラエティ色の強い番組で、過去シーズンではその演出の行き過ぎが批判されたこともある。そこにスタジオのいじりが重なると、笑いの矛先が言動ではなく、人そのものに向いてしまう瞬間が生まれる。
とはいえ、ツッコミそのものが不要なわけではない。問われているのは、何を笑いにして、何に正面から言葉を向けるかの選び分けだ。人生の傷を抱えた大人たちが、恐る恐る自分をさらけ出している場所で、その不器用さまで茶化してしまえば、視聴者は笑うより先に居心地の悪さを覚えることも。
無難だけでは、視聴者のモヤモヤは行き場をなくす?
では『ラブ トランジット 35+』はどうか。スタジオの設計からして、『あいの里』とは対照的だ。同じ2人で3シーズンを重ね、住民の親戚のような距離感まで熟成させてきた『あいの里』に対し、『ラブ トランジット』はシーズンごとに顔ぶれを組み直してきた。シーズン1はEXITと大久保佳代子、シーズン2以降は川島明や指原莉乃ら。そして今作は4人体制だ。毎回一から関係を築くぶん、スタジオは慎重な温度から入ることになる。
その4人のなかで目を引くのが杏の起用だ。2020年に東出昌大との離婚が大きく報じられ、私生活が世間の好奇の目にさらされた人が、元恋人や元夫婦の再会を見届ける席に座る。シリーズのファンを公言する彼女は、過去を抱えたまま進むという番組の主題を、誰よりも実感をもって語れる人だ。それだけに、一言ひとことに自然と重みが宿る。そこに『テラスハウス』で恋リアを見届けてきたYOU、Netflix『オフライン ラブ』でスタジオを担い、ABEMA『シャッフルアイランド』にもゲスト出演してきた松井ケムリ(令和ロマン)、そしてなんと渡辺翔太(Snow Man)が加わり、異色の顔ぶれが並ぶ。
なかでも大奮闘していたのが渡辺だ。そもそも彼は、これまでバラエティで恋愛観をいじられてきた側の人でもある。フジテレビ系『トークィーンズ』のデート企画では、スタジオの女性タレント陣から何度もプランに注文をつけられてきた。そんな“評価される側”だった彼が、今度は他人の恋を見届ける席に座る。恋リアMCは初挑戦、シリーズも初見。人の人生に関わる場面では言葉を慎重に選びつつ、とんでもない展開には思わず高笑いし、ときには言葉を失いながら静観する。そんな取り繕わない等身大のリアクションが好印象だった。
こうして並べると、二つのスタジオの課題はちょうど裏返しになっている。『あいの里』は気心の知れた二人だからこそ、ときに住民へ踏み込みすぎる。『ラブ トランジット 35+』は新しい布陣で慎重に入ったぶん、踏み込むべき場面でも足が止まる。引っかかる言動にも、反応は驚きや困惑のまま終わりがちだった。恋リアのスタジオ経験があるケムリも今回は進行に徹しており、違和感を言葉にする役は空席のままだ。題材が題材だけに、とりわけ杏が言葉を選ぶのは無理もない。ただ、彼女の実感のこもった違和感こそ、視聴者がいちばん聞きたかった言葉でもある。そこをうまく深掘りしきれなかったり、お互いに言葉を選びすぎたり……全員がもう一歩踏み込んでいれば、この絶妙なキャスティングはもっと生きたかもしれない。
恋リアのスタジオMCに求められるのは、出演者を守ることと、視聴者の本音を代弁することの両立だ。茶化しすぎれば出演者を傷つけ、気を使いすぎれば視聴者が置き去りになる。そのあいだで、言動には率直に、人には敬意を持って向き合う。言葉にすると当たり前だが、これがいちばん難しい。だからこそスタジオMCには、出演者を守ることと視聴者の本音を代弁すること、その“ちょうどいい線”を画面の中で示してほしいと期待してしまうのではないだろうか。