AI時代にわれわれと日本はどう生きていくべきか? 東浩紀×桂大介インタビュー後編

「数字」の罠からいかに逃れるか

――この10月末までに「ゲンロン友の会」に入会すると配布される『別冊リベテク2』では、「物々交換」がテーマになっているとのことです。なぜそのテーマになったのでしょうか?

東:ゲンロン友の会では、ゲンロンポイントというものを使って会員同士が物をやり取りできる「ゲンロンポイント広場」というサービスをローンチ予定で、それに絡ませた企画です。このサービスはゲンロンまわりのコミュニティを活性化させるために考えてみたもので、ゲンロンポイントは言ってみれば商店街のなかだけで使える商品券みたいなものです。それを使って、たとえば会員の人が作ったZINEなどを「せっかくポイントがあるから買ってみようかな」くらいの感じで購入してもらい、会員同士の交流につながればいいなと。

――なるほど。『別冊リベテク2』にはどんな記事が載っているのでしょうか。

東:今回も僕の長いインタビューが入っていて、そこでは「贈与は基本的に交換の失敗なのだ」という僕の哲学の本質にも関わる話をしています。どういうことかというと、たとえばお米とお金を等価交換すると言ったとき、そもそもお米とお金は全然違うものなのだから価値は比較できず、公正な交換なんてあり得ないわけです。にもかかわらず、値段なるものがなぜ存在するかと言うと、その交換の失敗を隠すためにこそあるんだと思うんですね。それに気づいたのがマルクスで、彼はそこから資本家による労働者の搾取というところに話を進めた。労働者は資本家に8時間の労働を8000円で売っているけど、実際は資本家はその8000円で1万2000円とか稼いでいるんだから、残り4000円分は搾取されてるじゃないかということを言った。

 でも、僕としては別にこれは資本家だけが搾取しているわけではなく、そもそも全ての交換は失敗しているというところに立ち返るべきだと思っているんです。問題は、むしろその失敗を見えなくする貨幣の機能のほうにある。何かに数字をつけて等価交換が成り立っているように見せかける装置、すなわち「値付け」の暴力こそが問題なのだと。

 いまは資本家に歴史上かつてなく急速に富が集中し始めている時代なわけですが、これは僕の考えでは、資本家による労働者の搾取といった階級の問題ではなく、むしろ交換そのものの暴力性、そしてそれを支える「数」そのものの欺瞞性が原因なのだと思います。本当であれば、ぼくとあなた、それぞれの生活世界は全くバラバラに自立した価値を持っているはずなのに、それが共通の尺度で計測されてしまう。そうすると、年収3億円の人には年収300万円の人100人分の価値があるみたいな世界になってしまう。すべてが数字で価値づけされることで、本来は比較できないものが比較されてしまい、それが僕たちの世界の苦しさを生んでいる。だから、交換を失敗させることにこそ価値がある、というのが僕の哲学です。

――そこで、リベテクやシラスはスケールを目指さないということをやっているという最初の話にもつながってくるわけですね。あとはゲンロン友の会に入って、実際に『別冊リベテク2』を読むしかないと。

東:とはいえ、実際は単なる会期始まりの配布特典でしかないので、そんな大げさなものではないんですけどね(笑)。

 ただ、せっかくなので最後にものすごく簡単に言うと、たとえお金がなくても良いことや面白いことをやっていれば尊敬されるという空間をこの世界のどこかに残しておくというのが、僕のやりたいことなんだと思います。いまの社会は、要は拝金主義がはびこっている社会です。みんなお金や再生回数といった数字のことしか考えていない。それによってしか正しさや人間の価値を判断できなくなっている。若い人が「これから人生どうしよう?」と考えるときだって勝ち組か負け組かのどちらかしかなくて、いかにベンチャーを作ってFIREするかみたいな話ばかり。

 ゲンロンのコミュニティは、そんな世の中に蔓延している数の競争からちょっとだけ降りて、たんに人が集まって楽しいと思える空間にしたい。さきほど言ったゲンロンポイントによる物々交換はそれをやるためのちょっとした仕掛けですし、リベテクで見出していきたい「テクノロジーのブリコラージュ」だってそういうものだと思います。

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