『ブラッサム』“清治”渡部篤郎はなぜ“自由”になれなかった? 父と娘を縛った時代の価値観

 ヒントになりそうなのが、ドラマに加えられたある演出だ。演出の盆子原誠は、ナイフや窓に映る「もう一人の清治」を撮っている。村山CPによれば、「もう一人の自分、なりたかった自分」を最後に意識しながら、その自分に近づきたくても届かない、という演出だという。だからもうひとりの自分は清治を「みすぼらしい」と侮蔑する。

 清治の「なりたかった自分」が何だったのかは、最後まで語られない。語れないまま、届かないまま死んでいくから、「やり直したい」ではなく「死にとうない」なのだろう。意地を張り続けた人間が、最後の最後で弱さを見せる。それはとても人間臭い。珠が作家として、人間のこういうどうしようもなくみっともない部分を、感受性豊かな十代で知ったことはとても大きいだろう。

 『ブラッサム』は、男性優位社会で女性が抑圧されている様を描きながら、こうして男性のしんどさもそこはかとなく漂わせている。珠の友人として、平塚らいてうの女性解放運動に刺激された忍(木竜麻生)を据え、彼女に音頭をとらせて同人誌を作らせ、『女性を阻む十三の壁』という原稿を書かせる。珠は『イワンのばか』を女性に置き換えた小説を書く。その同人誌は教師たちに取り締まられてしまう。良妻賢母教育にそぐわないからだ。劇中で説かれる良妻賢母とはこうだ。

「主婦たる人に最も必要なことは、愛と希望と忍耐とでございます。まず、己を犠牲にする覚悟が肝要でございます。犠牲の精神がなければ、真実の愛は起こりません」

「このように貞淑に夫を支え、子供を育て、家庭を守ることが女性の役割なのです」

 一方で、モデルでは次男だった清治をわざわざ長男に改変している。長男なのに家を弟に継がせ、放蕩無頼を貫いたという、少々わかりにくい設定にしたことで、村山CPの言う「家父長制」「長男優位主義」の実態が浮かび上がる。長男は家を継がなければならない。次男は家を継げず、本来は外に出なければならない。だが弟は足が悪く、外に出されたら困窮するのは目に見えている。清治はその厳格なルールを壊したのだ。

 清治が何をしたかったのか、たとえば作家になりたかったのか、何かやりたいことがあったのかはわからない。ただ働かず遊び暮らしたかっただけかもしれない。そう考えたとき、たったひとつ共感できそうなのが、決まりごとに従わないということだ。いつ、誰が、なんのために決めたルールなのか。それは本当に、正しく守らなければいけないものなのか。

 これは、忍耐して夫を支え、家庭を守るのが女性の決まりなのか? という珠の疑問と呼応する。珠が嫁いだ享一は、色町にお気に入りの女性がいて、結婚してもそこへ通い続ける。色町通いは家族から困ったものだと思われているが、もし本気でその女性が好きだったら? 享一もまた、長男はしっかりしなくてはいけないというルールに縛られているのだ。享一は自主的に珠を娶ったうえで女遊びをしていたわけではない。勝手に結婚を決められたすえに悪者にされてしまう男性もお気の毒だと筆者は思う。

 とはいえ珠は、相手の事情など考えず、自分が「いらん」と言われたことを極めて重く受け止め、たった3日で実家に戻る。清治がそれを咎めなかったのは、娘がルールに縛られず、カゴの中のカナリアにならなかったことを評価したからかもしれない。自分が成し得なかった想いを、珠なら成し遂げてくれると思ったからかもしれない。彼は、せっかく長男優位性を壊したにもかかわらず、結果的に家父長制のルールから自分を解き放つことはできず、家父長としての強権を行使していたわけだから。

 この時代、誰もが男らしさ、女らしさに苦しめられている。ただ、たまたま男らしさの側にいるほうが、生きやすい人が多かったというだけなのだ。

■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK

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