現実か妄想か? ジャンルを行き来する『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』の見事な構成
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、タクシー好きの宮川が『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』をプッシュします。
『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』
ロマンスからコメディ、人間ドラマを経由してミステリーへーー。
日本では劇場初公開となるアントニオ・メンデス・エスパルサ監督の長編4作目『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』は、スペイン・マドリードを舞台にしたジャンルレスな異色のロードムービーだ。
主人公は、マドリードで老いた父と暮らす中年女性のルシア。大企業のIT担当として働いていたが、社長の横領が発覚し会社が倒産。そこから彼女の人生は大きな転機を迎える。亡くなった母がタクシー好きだったことからタクシー運転手に転身したルシア。演劇プロデューサーや作家、視覚障害の演奏家、ガンの告知を受けたばかりの男性、「5分走ってくれ」と依頼してくる怪しげな男女、会社の金を横領した元勤務先の社長、警察らしき男、ルシアが心惹かれた“謎めいた隣人”……さまざまな乗客を乗せていく中で、彼女の身に“何か”が降りかかってくる。
年老いた父の介護生活をする中で突如会社が倒産するという中年女性の“人生の危機”を描く人間ドラマかと思いきや、ラスト30分で映画は思わぬ方向へ。現実と虚構の境界線も曖昧になっていく。
海外メディアでは「ヒッチコック経由のシャンタル・アケルマン」「ネオレアリズモとオペラ的狂騒の見事な融合」と評されているが、ところどころに既視感がありながらも、全く想像のつかないところに着地する見事な構成。16mmフィルムで撮影されたマドリードの薄暗い風景もまさに“映画的”だ。主人公ルシアを演じたマレーナ・アルテリオは、本作の演技でゴヤ賞をはじめ多数の主演女優賞を受賞。平凡な女性の鬱屈した感情から、危険と言えるほどの自己再発見に至るまでの複雑な人物像を見事に体現している。
エスパルサ監督は本作について「マドリードの街を行き交う女性たちが幻想と狂乱、冒険に身をゆだねて変貌していくように、ルシアもまた新たに生まれ変わります。日々をただやり過ごすだけの、惨めで目立たない存在だと思っていた彼女は、ついに堂々と表舞台に立つ決意をするのです」と語っているが(※)、ルシアがどう“生まれ変わった”のかは観客の解釈に委ねられている。
なお、『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』の公開にあわせて、アントニオ・メンデス・エスパルサ監督の過去作『ヒア・アンド・ゼア』(2012年)、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』(2017年)、『家庭裁判所 第3H法廷』(2020年)の3作品がラインナップされた特集上映『アントニオ・メンデス・エスパルサの映画』も開催。エスパルサ監督の長編監督作すべてが同時に観られる貴重な機会になりそうだ。
参照
※ https://something-happens.com/
■公開情報
『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開中
出演:マレーナ・アルテリオ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、ロドリゴ・ポイソン、ホセ・ルイス・トリホ、マリオナ・リバス、マヌエル・デ・ブラスほか
監督:アントニオ・メンデス・エスパルサ
配給:反射光
配給協力:エクストリーム
2023年/スペイン、ルーマニア/スペイン語/122分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Que nadie duerma/字幕翻訳:杉田洋子/R15+
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公式サイト:something-happens.com