「僕たちが作成するのはコンテンツではなく、システムとフォーマット」 KDDIとstuが“エンタメ×テックの最前線”で考えていること

KDDI × stuに聞く“エンタメ×テックの最前線”

 KDDIが、今春新たに立ち上げたメタバース・Web3サービス『αU(アルファユー)』に関するイベント『αU spring week 2023』を3月8日から12日にかけて開催した。同イベントにおいて注目を集めたのが、360度自由視点の高精細な音楽ライブを楽しめる「αU live」をつかった施策のひとつである、BE:FIRSTの「Boom Boom Back PLAYGROUND remix」だ。

 同施策は株式会社stuがKDDIと共創したコンテンツであり、「リアルタイムクラウドレンダリング」を使用し、アプリ登録をせずにWebブラウザにアクセスするだけで高精細なバーチャル空間内のコンテンツを参加者の端末のスペックに左右されることなく体験を可能とした。今回はそんなエンタメ×テックの事例における最前線に迫るべく、KDDIからは事業創造本部 XR推進部サービス・プロダクト企画1グループリーダーの水田修氏が、stuからはクリエイティブディレクターの古屋遙氏、プロデューサーの高尾航大氏に話を聞いた。(編集部)

「“配信ライブの上位概念”をどのように作っていくのかを考えていた」(古屋)

ーー先日、3月8日から12日にかけて『αU spring week 2023』が行われましたが、そもそも「αU」とはどのようなサービスなのか改めて教えてもらえますか? 

水田:今年3月にスタートしたαUは、KDDIが提供するメタバース・Web3サービス群で、「αU metaverse」「αU live」「αU market」「αU wallet」「αU place」の5つから成り立っています。大きく言えば、「αU metaverse」という、ユーザー同士がコミュニケーションできる仮想空間における場のコミュニケーションサービスを中心にしながら、デジタルコンテンツを流通させるためのNFTのウォレットとマーケットを提供するサービスになります。

 たとえば「αU live」は、メタバースやデジタルツインと呼ばれるもので、本気でエンターテインメントを楽しむための専用のサービスと位置付けています。αU自体はこれから先もデジタルで盛り上がっていくものに興味関心を持っているZ世代や、デジタルネイティブの方々に新しいコンテンツや体験を提供するためのサービスの総称として捉えていただいて構いません。

『αU』のサービスラインナップ
『αU』のサービスラインナップ

ーーたしかに『αU spring week 2023』で提供された「αU live」のコンテンツをいくつか拝見させていただいた際、Z世代をターゲットにしたラインナップになっていた印象があります。

水田:今回のラインナップに関しては、αU liveのお披露目ということもあり、αUのコンセプトを象徴するアーティストとのコラボレーションが中心になっています。具体的にいうと、フルデジタルで活躍しているアーティストやハイブリッドで活躍しているアーティストに加えて、BE:FIRSTさんのようにこれまでリアルで活躍してきたアーティストが、デジタルを活用することで新たに体験の価値を広げることに取り組んでいるところなど、多様なアプローチで「新しいエンタメ」を作ろうとしていることをお見せするための取り組みでした。

ーーαU liveと従来のメタバース系サービスとの大きな違いはどのようなところにあるのでしょうか?

水田:先ほど話したように、αU liveはエンターテインメントに特化したサービスです。現在、「メタバース」が様々な場所で注目を集めていますが、それはそこに人が集まることでコミュニケーションを楽しんだり、何かものを作ったりするなど「様々なことができる可能性」に期待が寄せられているためです。

 ユーザー目線では、本来ひとつのメタバース空間で全てを完結させることが理想ではあると考えていますが、現在の技術やリテラシーを踏まえて、まずは目的に応じた専門特化の空間を作り、そこを渡り歩いていただき“本当に良い体験”を提供していく必要があると考えています。

 その中でαU liveはふたつのベネフィットを提供することができます。ひとつはアーティストやクリエイターに対してで、表現力をこれまでのモバイル端末では到達できなかったレベルまで引き上げることができるというものです。また、エンドユーザーに対しては、アプリをダウンロードすることなく“すぐにメタバースを体験できる”というベネフィットを提供することができます。このふたつを両立させているところが、このサービスの重要な特徴になります。

ーーコロナ禍が始まったとき、KDDIはいち早く「バーチャル渋谷」を立ち上げ、メタバース分野に進出されています。その後、リモートの概念が広まるにつれてメタバースやバーチャルライブは一般的にも広く認知されるようになりました。当時の開発背景や狙い、そして現在どのように進化しているのか教えてください。

水田:当時、KDDIがバーチャル渋谷を開発した理由は、シンプルに「どこにも行けなくなったから、行ける場所を作ってみよう」という考えからでした。実際に、バーチャル渋谷は「渋谷区公認」という形でリリースされ、「リアルと連動することをイメージしたメタバース」として国内初の自治体公認メタバースになりました。コロナ禍がきっかけとなって、リアルと感覚的に繋がることができるメタバースが出現したことはたしかです。とくに「あの渋谷がメタバースになっている」という点で、バーチャル渋谷は多くの方から認知を得ることができました。

バーチャル渋谷

 現在の進化という意味では、コロナ禍が収束してきたことで、バーチャル渋谷のような場所に集まる必然性は変わりつつあると思います。ただ、一方で、メタバースによってリアルの障壁を取り払うこと、エンターテインメントを自由に生みだすことができる3D空間やライブイベントは、アーティストにとって魅力的な要素であり、いまでも多くの方々がその可能性に期待してくれています。

 また、海外から日本を訪れるインバウンド観光客の方々に対しては、リアルと関連つけたメタバースはいまでも有効な手段であると感じます。KDDIがαU liveを展開していく上でグローバルへの進出を狙う方々をパートナーとして取り込んでる理由もそこにあります。

 そもそもメタバース空間でライブをすること自体はコロナ禍とは関係なくVTuberのライブなどがそれらのシーンも進化を続けていますが、これらのシーンにリアルアーティストが取り組み始めることは、大きな変化だと捉えています。

高尾:もともと、バーチャルライブはVR空間で表現されたものをVRヘッドセットを使って追体験するかたちで2018年に最初にリリースされ、そのときが初めてのお金を取るイベントとなりました。しかし、その頃からVRヘッドセットを持っているユーザーの数が増えたかといわれると、そんなには増えていません。

 そのため、メタバースを提供しているさまざまな企業が、スマートフォンにプラットフォームをどんどんシフトしつつある、という経緯があります。ただ、僕たち作り手の側からすると、スマートフォンでできること自体がかなり少なく、アプリをダウンロードしてもらわないといけないところは、やはり障壁として大きい。そこで今回取り組んだのが、用意されたリンクに飛べば、その会場にいけるというものだったんです。スマートフォンでそういった体験ができる形に移行したことは、大きな進化ですね。

  そして、さらに何かのキャラクターが出てくるライブだったり、映画館のような形で2Dの映像に起こしたものをライブ配信したりという状態がしばらく続いていたところから「クラウドレンダリング」という技術を自分たちで作れるようになったことで、スマートフォンでもやっと歩きながら楽しめるバーチャル空間を作れるようになりました。

 今回はリアルのアーティストをバーチャル空間に呼び込みましたが、これまでVTuberのようにある種のニッチな層に向けられていたものが、もっとマスに寄った、日本のアーティストや海外アーティストも呼び込んでいけるようになり、かつ、グローバルに向けた展開が可能になったことは、ビジネスとして大きな転換点になったと思います。

水田:このことについては、大衆化が進んだことの影響が大きいと思います。つまり、みなさんの認識が進化したことで、これまでできたけれど取り組んでこなかった、リアルのアーティストがバーチャルの世界に進出していくことが浸透しはじめてきたと。

 以前からデジタルコンテンツである「初音ミク」がリアルのライブ会場でスクリーンに投影されて出てくる、ということをやっていたのと同じように、リアルとバーチャルのハイブリッドはすでに土壌として存在していました。つまり、知っている人たちの間ではすでにそういうものがあって、それが面白いということもわかっていたんですね。それが、リアルのアーティストにとっても身近なものになり、スマートフォンで誰もが簡単に体験できるフォーマットに変わったことで裾野も広がってきました。この変化は本当にすごい“進化”だと思います。

古屋:アーティストをはじめ表現者がメタバースで情報発信をおこなう少し先の未来を想像してKDDIさんと一緒に取り組んできた5Gプロジェクトの中では“配信ライブの上位概念”をどのように作っていくのか、というところも考えてきました。

 たとえば、SUPER DOMMUNEのARライブのように、配信ライブの映像視聴に対して何かアップデートをくわえるといった実験をした時期もありました。コロナ禍においては、ある種リアルなライブに対する代替的な価値をどう加えるか、つまり「リアルでライブができないなら映像でどう楽しませようか?」ということをアーティスト側が一生懸命考えた時代でもありました。そういったものにどのようにしてリアルタイム性をくわえるか、映像視聴にとどまらず一つの「体験」としての価値をどう作っていくか、という議論をずっとしてきたように思います。

 私自身、コロナ禍を機にバーチャルライブやメタバースの具体的な有用性に気がついたひとりなので、これからこういったサービスを利活用していくアーティスト側に近い立場にいると感じていますが、いままでの配信ライブは、一部の先進的な取り組みを除いては、収録映像的な画角のものをライブ映像として届けるという傾向が多かったように思えます。ユーザー同士がチャットやSNSで映像視聴体験を共有する複合的な広がりはあったものの、あくまでリアルのライブ体験とは異なる対症療法的な印象が強かった。しかし、今回の取り組みでは、ユーザー体験の選択肢が複数存在する“リアルな空間性”を含んだライブ体験が実現できるようになり、さらにユーザー同士の高い共感を生み出せる新たなライブ鑑賞のあり方として根付いていくのではないかと思っています。

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