『ソニック・ザ・ムービー』から考えた、CGキャラデザインにおける“かわいい”の定義

かわいいとはなにか

 ソニックのデザインの主な変更点は、目の大きさ、ソフトな鼻、歯と口のバランスだ。これらの変更は、原作ゲームのソニックのデザインに近づける目的もあっただろうが、それだけではないだろう。人がどんな存在に対して「かわいい」と感じるのかを、きわめて理論的に突き詰めた変更がなされている。

 オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツが1943年に提唱した「ベビースキーマ」という概念がある。あらゆる動物の赤ちゃんに見られる特徴を調べ、庇護欲をそそる外見的特徴を抽出して理論化したのだが、それは以下のようにまとめられる。

「体に対する頭の大きさの割合が大きい,顔より頭蓋のほうが大きい(大きい額),目が大きく丸くて顔の中の低い位置にある,鼻と口が小さく頬がふくらんでいる,体がふっくらして手足が短くずんぐりしている,動作がぎこちない」(参考:https://psych.or.jp/interest/ff-22/

 『ソニック・ザ・ムービー』の初期ソニックのデザインは、確かにこのベビースキーマに該当していない。修正点は的確にこのベビースキーマで挙げられた点を突いている。もしかしたら、原作のイメージが遠いデザインであっても、ベビースキーマに沿ったデザインであったなら、あれだけの大きな批判を受けることはなかったかもしれない。実際、修正されてデザインも細かい点で原作とは異なっている。原作のソニックは、両の目がくっついているのだが、映画のソニックの目は離れている。

 本作は孤独なソニックが悪漢に追われ、田舎町の警察官トムがなし崩し的にソニックを手助けする展開なのだが、見ず知らずの正体不明な生物を助けるという物語の説得力は、デザインが「かわいい」かどうかに大きく依存している。今回のデザイン変更はファンの期待に応えるだけでなく、作品全体の説得力も向上させる結果になったといえるだろう。

 ベビースキーマに基づいてデザインされているキャラクターは、ソニックに限らない。マーベルのヴィジュアル開発担当のアンソニー・フランシスコは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のベビー・グルートのデザインについて、自分の小さいころの写真を参考にしたそうで、かわいいキャラクターのデザインするときは「必ず目から取りかかります。顔全体のうちどれだけの比率を占めるのか考えるのです。そこから始めて、あとは調整していきます」と語っている(参考:https://wired.jp/2020/04/21/why-is-baby-yoda-cute/)。

 日本を代表するかわいいキャラクター、ピカチュウのデザインもベビースキーマに忠実だ。ピカチュウも『名探偵ピカチュウ』として実写化され、ピカチュウを始めとするポケモンたちのデザインも好評だった。しかし、2Dのキャラクターを現実世界に置くのは大変難しいことで、いかに自然に感じられ、かわいく、そして原作のイメージを崩さずバランスをとるのは非常に難しい。『名探偵ピカチュウ』では、ポケモンの質感を現実の動物や鉱物、植物の質感を参考にしている(参考:https://theriver.jp/pikachu-rob-interview/2/)。ピカチュウは原作ゲームやアニメでは、肌がツルツルしているが、実写映画では現実の動物のように体毛が加えられている。ソニックも体毛が加えられており、質感は実在の動物らしく、それでいてデザインはかわいくという形に落ち着いたわけだ。

 『ソニック・ザ・ムービー』のCGデザイン変更は、「かわいい」を考える上で非常に貴重なサンプルになったのではないか。リアルさを求めて映像テクノロジーは発展してきたが、「かわいい」を生むためには大変な努力が必要なのだ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

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