agehasprings 田中隼人が語る「機材選びのポイント」と“制作における数値化と言語化”の重要性

アゲハ田中隼人に聞く「機材選びのポイント」

 モバイルセットでも「モニターの環境さえしっかりしていれば大丈夫」

ーーそれも精神的な疲労の軽減に繋がったわけですね。最近で機材面での転換点をあげるとすると?

田中:最近だと、機材がどうこうより、スタジオを作ったことが大きいですね。自宅の中に作業部屋があるよりも、家から出てスタジオに出勤して、そこで仕事して帰るようになったことで、音楽に対する向き合い方が変わりました。締め切りの前後って廃人みたいになる時があるんですが、家でやってると生活と仕事の境界線が曖昧になって、よりメリハリがつかなくなるんです。スタジオに“通勤”するようになったことで、自分の中でリセットがしやすくなって、より音楽を仕事として捉えられるようになったかもしれません。

ーースタジオを作ったことで機材のセレクトも変わったでしょうし。モニタースピーカーは3種類を併用しているんですか?

田中:メインはGENELECですね。DSPが入っていて、部屋鳴りを調整してもらったので解像度が高く、1番重宝しています。奥のYAMAHAは大音量で聴いた時にどうなるかをモニターする用で、手前のVECLOSは小型スピーカーとしての鳴りを確かめるためのものです。

田中隼人愛用のモニタースピーカー。手前の筒状のスピーカーがVECLOS SSB-380S、中央がGENELEC、奥がYAMAHA。

ーー音楽がリリースされると色んな場所で聴かれるわけですから、それを想定して様々な環境でチェックすると。

田中:はい。最近はトラックダウン作業の時もイヤホンやヘッドフォンで聴いてチェックする時間が長くなった気がします。スマホやパソコンのスピーカーで聴いてる人、イヤホン・ヘッドフォンで聴いてる人が増えたと思うので、そのあたりはモニター環境の一つに入れるようになりましたし。ヘッドフォンに関しては、パンニングの定位の感じを確認するのに使っています。チェックに使っているなかでもVECLOSの『HPT-700』は、立体感・バランスがものすごく良くて、定位やリバーブの細かい余韻が聴こえるんです。リバーブの余韻の長さって100分の1秒で設定できるんですけど、その違いがものすごくわかるというか。イヤホンは最終確認や、モバイルセットでの制作時に使いますね。

VECLOSのオーバーイヤーヘッドホン、HPT−700

ーーモバイルセットでの制作は、アーティストのツアー帯同などのときに行うことが多いんですか?

田中:もちろんです。ライブで地方に行ったり、夏の間もフェスで移動があったりするんですが、仕事は止まってくれないので(笑)。そのぶんモバイルセットはしっかり組み上げています。モニターは基本的にイヤホンで、もともとはライブで使うイヤモニと同じものを使っていたんですけど、イヤモニは1個1個の音がすごくよく聴こえるぶん、空気感を含んだ音の位相がわからなくなる時があるんですよ。例えば、キックにコンプをかけたとしても、手前で鳴ってるのか奥で鳴ってるのか、音響的にはわかるけど、リスナー視点からは判断しづらかったりして。なので、僕はVECLOSの『EPS-700』を使っているんです。

VECLOSのインナーイヤーヘッドホン、EPT−700

ーー僕も使用しましたが、全体的にバランスも良いですし、音も軽すぎないですよね。

田中:そうなんです。低音を強調したりもしてないですし。音楽を聴くだけの人は低域が強調されていても良いと思うんですが、僕らは本当の音がわからないと意味がないので、聴く環境が1番大事なんです。ほかの機材に関しては、打ち込みってどんな鍵盤でもできるので、ミニ鍵盤を沢山買って、その時の気分によって持っていくんです。基本的にはMacBook Proがあればデスクトップのパソコンと同じようなパフォーマンスですし、モバイルで作ったものはそのままこっちでも開けるように中のプラグインは共通するように設定していますから、モニターの環境さえしっかりしていれば、あとはどうとでもなるんですよ。

ーーあと、最近はバーチャルYouTuberの富士葵へメジャーデビュー曲をプロデュース・楽曲提供したりと、新たなジャンルにも挑戦していますね。

田中:バーチャルYouTuberという、実在していると言って良いのかわからない存在がメジャーデビューして、自分がその子に楽曲を提供するというのは、歴史の転換点に立ち会っているようですごく面白いですね。でも、本人がかなり歌えるタイプの方ですし、ファンもそれを期待しているので、彼女の歌の上手さがきちんと引き立つような楽曲ができたと思います。

ーーこうしてプロデュース・作曲編曲のお仕事をシンガーソングライターからバーチャルYouTuberまで手掛けているわけですが、ご自身がこの後、目指していくクリエイター像とは?

田中:難しい質問です(笑)。毎日仕事をやっているなかで、ありがたいことに頂く仕事も多いのですが、比較的平らな山を登ってる気がして、あんまり大きい山に登ったことがないような気分になるんです。もちろん手を抜いているわけではなく、自分の中で「音楽を作る」という行為が小さい山になっているのかもしれません。もちろん音楽を作るのは好きなんですが、もう少し上のレイヤーから関わって作品を作ることに対する気持ちが出てきているんだと思います。

ーー確かに、アーティストに関わる立場は時代の変化につれ色々変わってきていますし、役割も細分化されていて、それをうまくコーディネートできる人の重要性も高まっているような気がします。

田中:今まで名前のついてない仕事をやることになるかもしれませんし。僕としては、音楽業界が縮小しているように思われるのはよくないなと考えていて。CDの売り上げは下がったとしても音楽自体は絶対なくならないですし、作る人は絶対に居なければいけないので、そのなかでもしっかり存在感を放って、作り手や歌い手を支えていければ良いなと思います。

(取材・文=中村拓海/撮影=樋口隆宏(TOKYO TRAIN))

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