映画『ブラックパンサー』が示す、アフロ・フューチャリズムという可能世界

『ブラックパンサー』に見る「アフリカ発の未来」

ヴィブラニウムはアフリカのテクノロジー革命の象徴である

 ティ・チャラの妹であり、天才科学者・医師であるシュリの活躍や、ハナー・ビーチラーが描いたワカンダの歴史とは裏腹に、現実にはアフリカの大部分は20世紀後半まで西洋各国の宗主国によって分断されて支配され、近年まで発展途上国とみなされてきた。その貧困ゆえに先進国からの支援は必要不可欠であり、アフリカでは商取引市場自体が成立しないとさえ思われていた(ダヨ・オロパデ『アフリカ 希望の大陸 ― 11億人のエネルギーと創造性』より)。だが近年、IT化によってオセロの色が一気に塗り変わろうとしている。アフリカにおける2000年~2018年のインターネットユーザーの伸び率は9,941 %(アジアは1,670 %)であり、アプリ市場やストリーミングサービスの市場も飛躍的に伸びている。アフリカではいまだに固定電話などの有線通信が使えない地域が多いことが示すように、近代化が遅れに遅れている。だが、近代を飛び越えて現代に至っているということは、既存インフラや既得権益者など、テクノロジー革命を阻害する要因が極めて少ないということでもある。

 医療技術は、今アフリカで起きているテクノロジー革命のなかでも特に世界的な注目を集めている分野のひとつだ。映画の中に登場するシュリのラボでも、既存の西洋医学では助からないような傷を癒やす場面が出てくる。医療技術やタロン・ファイター・ドラゴン・フライヤーなどのモビリティ、そしてティ・チャラが身に纏うスーツなど、ワカンダのテクノロジーを支えるのは、架空のレアメタルであるヴィブラニウムだ。これは21世紀以降に導入されたインターネットと携帯電話により、アフリカが大きな変革を迎えていることの暗喩に思える。

 ルワンダを拠点にする医療スタートアップZiplineは、輸血用の血液をドローンで輸送している。道路などの輸送ネットワークが十分に整備されていないアフリカでは、短時間で効率よく物資を運ぶにはドローンが最適であり、陸路の10倍の速度で配達が可能だ。彼らは24時間体制で待機しており、提携している病院からテキストメッセージを受け取ると30分以内にドローンで必要な血液を届けている。今後は血液以外の医療物資の輸送にも携わることを目標にしている。

 ナイジェリアの医師らが設立したKangpe Healthは、モバイルデバイスで医師と遠隔でコミュニケーションが取れるプラットフォームを開発している。簡単な質問になら10分以内に回答され、より専門的なアドバイスが必要と判断された場合には適切な医療機関を紹介される。同社はガーナとケニアでもサービスを提供しており、6万人のユーザーが利用している。

 ZiplineのCEOケラー・リナウドによれば、彼らのビジネスが数年で拡大できた背景に、ルワンダ政府の手厚い協力があった。ルワンダは小さな国ではあるが、国を発展させるための新しい試みに対して果敢にチャレンジする気概を国民も政府も持っている。そして、世界がアフリカに学ぶべきことは、世界の思い込みを覆すワイルドさだと彼は語っている

 SFは現実のテクノロジーがその時代の人々にどのように受け止められたかを知る手がかりであり、未来を再定義するための足がかりともなり得る。私たちは、現代まで先進国が辿ってきた道の延長にある未来を見るのだろうか。それとももうひとつの可能世界を見据えながら、分岐器に手をかけるのだろうか。未来は人間の想像力にゆだねられている。

■高橋ミレイ
編集者。ギズモード・ジャパン編集部を経て、2016年10月からフリーランスに。デジタルカルチャーメディア『FUZE』創設メンバー。テクノロジー、サイエンス、ゲーム、現代アートなどの分野を横断的に取材・執筆する。関心領域は科学史、哲学、民俗学など。

■公開情報
『ブラックパンサー』
3月1日(木) 全国ロードショー 
監督:ライアン・クーグラー
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:チャドウィック・ボーズマン、ルピタ・ニョンゴ、マイケ・B・ジョーダン、マーティン・フリーマン、アンディ・サーキス、フォレスト・ウィテカー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2018
公式サイト:MARVEL-JAPAN.JP/blackpanther

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