スポ根の傑作『ワン セカンド チャンピオン』など、今年も『のむコレ』が熱い!

スポ根傑作など、今年も『のむコレ』が熱い!

 今年も『のむコレ』の時期がやってきた。『のむコレ』とは、映画館・シネマート新宿/心斎橋の公開作品編成を担っている野村武寛氏が選んだ、主にアジア圏の掘り出し物、快作、迷作、珍品を特集上映するイベントだ。今や日本でも人気のキム・ダミが主演した『THE WITCH/魔女』(2018年)や、ドニー・イェンが主演した『スーパーティーチャー 熱血格闘』(2018年)が公開されたのも、この『のむコレ』だったりする。そんな『のむコレ』から2本の映画を拝見したので、この場を借りてご紹介しよう。

『事故物件 歪んだ家』

『事故物件 歪んだ家』©2022 TAKEONE STUDIO & storywiz All Rights Reserved.

 1本目は韓国映画から『事故物件 歪んだ家』(2022年)。いろいろあって精神が参っているミョン(ソ・ヨンヒ)は、夫や子どもと共に郊外の一軒家に移り住む。挿絵作家の夫は盗作疑惑でバッシングを受け、面倒を見てくれた恩人が死亡。子どもたちもいろいろあって全面反抗期……という、極めてよろしくない状態だったが、引っ越し先のマイホームはもちろん呪われていた。異音、幻覚、悪夢、見知らぬ謎の女、言い訳できないほど『シャイニング』(1980年)の双子な子どもの幽霊などなど、次々と起きる怪奇現象に、案の定ミョンの精神のバランスはドンドン壊れていく。そして夫婦の養子が酷い目に……というド直球のホラー。

 黒沢清の映画を思い出す屋敷のルックス(というか、白を基調とした部屋で東アジア系の人が心霊現象に遭うと、自動的に黒沢清っぽくなるのだが)、管理業者は掃除・確認をしなさいよと注意したくなる思い切りが良すぎる不気味な地下室など、細かい見どころは多いが、何と言っても最大の注目点は主役を務めるソ・ヨンヒである。ヨンヒさんといえば、『チェイサー』(2008年)や『ビー・デビル』(2010年)など、主にロクなことが起きない映画で活躍してきた人物。今回も「映画はワイが引っ張るんや!」とばかりに、全力奇行で大暴走。鬱状態で抜け殻のようになっている姿から、化粧もバッチリで笑顔全開(ただし目が明らかにイッている)モード、そして実に楽しそうに肉を手づかみでガツガツ食する地獄の七変化を魅せてくれる。とりあえずソ・ヨンヒのポテンシャルの高さは感じられるはずだ。名前だけでも覚えて帰りたくなること必至である。

『ワン セカンド チャンピオン』

『ワン セカンド チャンピオン』©2020 COPYRIGHT MM2 STUDIOS HONG KONG LIMITED

 2本目は香港から『ワン セカンド チャンピオン』(2020年)。『事故物件』とは打って変わって、こちらは爽やかなヒューマンドラマである。香港に生まれたヤンは、出生時に1秒だけ死んだせいで、1秒先の未来が見える超能力を持っていた。子どもの頃は超能力を活かして裏返したカードの数字を当てるなどのパフォーマンスを披露、「一秒神童」と名を馳せるが……どっこい現実は厳しい。たった1秒先が分かったところで、社会生活で特に役に立つことはなかった。とりあえずギャンブルをやってみるが、何せ分かるのは1秒先だけなので、負債だけがデカくなっていく。大人になったヤン(エンディ・ザーウグヲクイン)は、いつかの神童はどこへやら。借金を抱えて場末のバーに流れついていた。1秒先を予知する特殊能力も、今やバーの客相手に披露する一発芸扱い。妻には見捨てられ、耳に障害を持つ長男は学校でイジメられ、借金取りには押しかけられ……絵に描いたように燻る人生を送っている。そんなヤンが、ひょんなことからボクシングの世界に足を踏み入れることになる。ボクシングの世界で1秒は大きく、ヤンは秘めたるボクシングの才能を開花させ、超能力を駆使した鉄壁のディフェンスとカウンターで「一秒拳王」として成り上がっていくが……。

『ワン セカンド チャンピオン』©2020 COPYRIGHT MM2 STUDIOS HONG KONG LIMITED

 日本マンガ史に残る傑作『あしたのジョー』には、「泪橋を逆に渡る」という表現が出てくる。これは「ドヤ街に流れ着いた者たちは、一様に涙を流しながらドヤ街へ続く橋を渡る。お前は泪橋を逆に渡れ、つまりドヤ街から抜け出すんだ」というメッセージだ。この表現を梶原一騎先生が提唱して以来、世界中で「泪橋」の概念が顕在化した。たとえばアメリカのフィラデルフィアでは『ロッキー』(1976年)として。そして『ワン セカンド チャンピオン』では香港に泪橋が出現した。本作も、まごうことなき「泪橋を逆に渡れ」映画である。超能力を持って生まれて、無限の夢と可能性を持っていたはずの少年が、結局は現実に打ちのめされ、燻ったまま人生を終えようとしている。そこに転機が訪れ、再び夢へ向けて突き進む。まさしくスポコンの王道だ。

『ワン セカンド チャンピオン』©2020 COPYRIGHT MM2 STUDIOS HONG KONG LIMITED

 「息子の前でカッコつけたい」そんなチッポケな動機で過酷な戦いに身を投じていく主人公のヤンと、その周囲にいる全員が最高に魅力的である。うだつのあがらない父に軽口を叩きながら、懸命に強がる少年。ぜん息を持ちながら夢を追うボクシングジムのコーチ。そんな彼を呆れながらも応援する従妹。“真の戦い”をストイックに求めるあまり、対戦相手を殺したチャンピオン。そして誰もが思い描く「こんな気のいいオッサンがいたらイイなぁ」を具現化したようなバーのオッサン……。あまりにも出てくるキャラが全員イイので、このメンバーのままで月9をやれと思うことだろう。もちろんボクシングのシーンも迫力満点(エンドロールにも心地よい工夫があり)。上映時間が98分なので少し駆け足気味なのと、ボクシングという競技への解像度(終盤の展開はボクシング・ファンであるほど賛否が分かれる)が気になるが、それを差し引いても胸に熱いものがこみ上げてくる。心に泪橋がある人は、間違いなく観て損はないだろう。思えば『クリード3(原題)』(2023年予定)も完成したようで、再びアメリカに泪橋が出現することが確定した。この調子で、今後も世界中に泪橋が出現してほしいものである。

 韓国の直球ホラーに、香港のスポコンドラマ。まったく正反対の映画が混在するあたり、非常に『のむコレ』らしい。他にもいろいろな作品が上映されるので、気になる映画はチェックしてみるといいだろう。ひょっとすると、あなただけのお気に入りが見つかるかもしれない。今年の『のむコレ』も、あなたにとって良い出会いの場になれば幸いだ。

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