『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が支持される理由 「愛を知る」物語から紐解く

 その生き難さは「不器用さ」として作劇・描写に描かれている。例えば1話の冒頭、ヴァイオレットが戦線復帰するためにギルベルトに向けて報告書を書くシーン。ヴァイオレットの両腕には重々しい義手がつけられ、ペンを使って文字をうまく書く事すらままならない。義手を上手く動かせないという身体的な生き難さと同時に、「自分の感情をうまく言葉に綴ることができていない」という精神的な生き難さを抱えている、そんなメタファーが添えられているようだ。

 その後、ヴァイオレットは、身元後見人となったエヴァーガーデン家とも、郵便局のなかで出会う社員たちとも、他人とのコミュニケーションとも問題を起こしてしまう。配達の仕事を夜遅くまでしているのをとがめられた後、ホッジンズらと共に食事をする場面で、焼き魚を食べようと試みるヴァイオレットの手つきにぎこちなさがあるのも、彼女が抱えてしまった生き難さを象徴しているようでもある。

 彼女にとって、戦争を終えたあとの平和な世界はとても生き難い世界だ。幼少より戦争兵士として育てられ、言葉もまともに書けなかった彼女にとって、平和という状況がすでに異世界ともいえる。逆に言えば、正常に動いている社会システムにとってヴァイオレットという歯車は異質な存在になってしまう。人間同士が関わり合いながら生きる社会のなかで、他人の心の奥行を知らなければ自身が生き易くなることもできないし、精神的な生き難さを受け止めて乗り越えることはとても難しく、どこか窮屈に生きていくことにもなるだろう。

 第2話と第3話は、人の心の奥行を測り損ねるという重大な弱みにヴァイオレットが気づく回だ。同僚であるエリカ・ブラウンへと返した「私はこの仕事を続けたいのです」という言葉には、ギルベルトの真意を確かめたいという語義もあったが、「愛している」の本当の意味を知ることで自身の生き難さを乗り越えたいというメッセージへと変わっていく。その思いはエリカに届き、第2話のエンディングへと繋がっていく。

 手紙の代行執筆を続けたいということは、他人を理解したいという意味でもあり、「良きドールになる」ことは「良き人間になる」ことにも繋がる。そして生き難さを抱えた人生が豊かになっていくことを呼び込む。その後のストーリーを追いかければ、自身が知らず知らずに抱えていた「生き難さ」を乗り越え、徐々に多くの人から慕われていく物語として構築されているのがわかる。その先に待つのが何なのかは、本作品を最後まで観た方ならご理解いただけるだろう。

 自分がどこからやってきて、何処へ向かおうとしているのか。自身のアイデンティティや未来をも理解できていない女性が、異世界のような平和な社会で、「自分」という存在をゼロから見つけ出し、新しい自分像を少しずつ描き足していく。これが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にまつわる物語だろう。

 ヴァイオレットが登場人物の人生や心に触れていく本作は、多くの人たちが抱えている様々な葛藤も描いている。現代社会で生きにくさを抱える視聴者にとって、バイオレットの境遇は程遠いもののようでもあるが、彼女が出会う登場人物らの問題はとても身近なものに感じられるかもしれない。

 葛藤や問題を抱えた人とのつながりやコミュニケーションを丁寧に解きほぐし、大切に理解しようと努めるヴァイオレットの姿は、高潔であり、もしかすれば「理想的な人間」になろうという姿に読み解けるかもしれない。

 「僕は賢くはないけども、愛が何かは知ってるよ」という名言は、映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』でフォレストが愛するジェニーへとかけた言葉だが、ヴァイオレットはまさにその逆、賢くてよく働くが、愛が何かをまだ知らない。そんな彼女が「愛を知る」ことがもたらした様々なものが、ヒューマンドラマとして輝きを放つ。だからこそ本作は多くの視聴者の共感を呼び、強く揺さぶっていくのだ。

※記事初出時、本文に誤りがありました。訂正の上、お詫び申し上げます。(2021年10月13日22:06)
誤:身元後見人となったヴァイオレット家
正:身元後見人となったエヴァーガーデン家

■放送情報
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 特別編集版』
日本テレビ系にて、10月29日(金)21:00〜22:54放送
監督:石立太一
シリーズ構成:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
原作:暁佳奈
制作:京都アニメーション

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 ー永遠と自動手記人形ー』
日本テレビ系にて、11月5日(金)21:00〜22:54放送
※本編ノーカット
監督:藤田春香
監修:石立太一
シリーズ構成:吉田玲子
脚本:鈴木貴昭、浦畑達彦
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
原作:暁佳奈
制作:京都アニメーション

(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

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