『スターダスト』が掲示した新たなデヴィッド・ボウイ像 1人の若者が“異星人”になるまで

『スターダスト』が提示した新たなボウイ像

 そこで印象的なのが映画のオープニングだ。ボウイは宇宙服を着て宇宙空間を漂っているが、それは「スペイス・オディティ」に影響を与えた映画『2001年宇宙の旅』を意識したもので、ボウイは曲に登場するトム少佐になっている。映画では主人公のボーマンは宇宙をさまよった果てに謎めいた部屋にたどり着くが、ボウイはある建物の部屋の前にやってくる。それがテリーに関わる重要な場所だということが物語の後半に明らかにされるが、ボウイがもっとも恐れる場所でもあった。

 テリーというトラウマからどうやったら解放されるのか。そこでボウイが選んだ手段が自分ではない誰かを演じ続けることだった。そうすることで悲しみや恐怖をクリエイティヴに昇華できた、というのが、ボウイの大ファンだという本作の監督、ガブリエル・レンジの「ボウイ論」だ。映画ではアメリカで変化していくボウイの姿をロードムーヴィー風に追いかける一方で、過去のエピソードを通じてボウイの内面をミステリー風に紐解いていく。

 レンジ監督は「一人の人間がアーティストになる姿を描きたかった」と語っているが、本作でアメリカを彷徨うボウイは「デヴィッド・ボウイとしての生き方」を探している途中でもあった。ロックスターや異星人としてではなく、人間=ボウイを描く。そんな監督の想いに、ボウイ役のジョニー・フリンは繊細な演技で応えている。

 逆境のなかで、気性の激しい妻アンジーのキツい言葉や音楽評論家の皮肉など様々な攻撃に晒されながらも、常に穏やかで、怒ったり荒れたりすることはない。ミュージシャンとしても活動するフリンは、従来のロックスターのイメージとは違い繊細さや脆さを隠さない感受性のかたまりのようなボウイを演じながら、演奏シーンを吹き替えなしで披露。フリンが映画のために書き下ろした曲「Good Ol’ Jane」からは、ボウイがヴェルヴェット・アンダーグラウンドから影響を受けて書いた曲、という設定が浮かんできそうだ。ちなみに本作ではボウイのオリジナル曲は使用せず、ヤードバーズやジャック・ブレルなどボウイが影響を受けたアーティストの曲が使われていて、様々なアーティストに憧れまだ何者でもなかった頃のボウイを浮かび上がらせている。

 このアメリカツアーの翌年、ボウイは「ジギー・スターダスト」というキャラクターを生み出し、歴史的名盤『ジギー・スターダスト』を発表。時代の寵児になるが、すぐにジギーを封印して、それ以降、作品ごとに新しいアーティストイメージを生み出して変化し続ける。そんななかで本作は、ボウイの最も重要な変身の瞬間を捉えた作品。『スターダスト』はロックスターの栄光と没落を描いた華やかな伝記映画ではなく、アートで世界と繋がろうと試行錯誤した若者の心の旅の物語なのだ。

■公開情報
『スターダスト』
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
監督:ガブリエル・レンジ
プロデューサー:ポール・ヴァン・カーター、ニック・タウシグ、マット・コード
脚本:クリストファー・ベル、ガブリエル・レンジ
出演:ジョニー・フリン、ジェナ・マローン、デレク・モラン、アーロン・プール、マーク・マロン
配給:リージェンツ
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/リージェンツ
2020年/イギリス・カナダ/109分/原題:Stardust/PG12
(c)COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED,WILD WONDERLAND FILMS LLC
公式サイト:http://davidbeforebowie.com/
公式Twitter:@STARDUST_MOVIE

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