オダギリジョーの破壊力に拍手 『オリバーな犬』に感じる90年~00年代ドラマの過剰さ

『オリバーな犬』の過剰さに拍手

 『オリバーな犬』とは「バールのような」、つまり、わかったようなわからないような不思議な味わいを醸すドラマではないだろうか。こういう思わせぶりなドラマはそれこそバールと聞いてピンと来ない人たちがいるのと同じく最近はめっきり目にも耳にもしなくなっている。この手の混沌としたドラマがたくさんあったのは90年代から00年代までの20年間くらいである。

 レンタルビデオ店全盛期、借りる人続出で大人気だったアメリカのテレビドラマ『ツイン・ピークス』(1990年)が代表格であろう。奇妙に個性的な登場人物たちによる思わせぶりなミステリーに日本がようやく追いついたのが1999年、堤幸彦演出によるエキセントリックな人物(サバをもっているまったく役割不明のおじさんとか)とギャグにあふれたミステリードラマ『ケイゾク』(TBS系)だった。やがてそれはオダギリジョー主演でバディ役が麻生久美子だった金曜ナイトドラマ『時効警察』(テレビ朝日ほか)によってますます先鋭化され一部で熱狂的な支持を得た。

 2010年代に入るとその手のクセの強いドラマは減っていく。デザイナーズブランドよりもユニクロを求める者が増えたことと同じような感覚ではないかと筆者は推測するが、必要最低限の機能やデザインで安価でいい、それ以上は不要という感覚のドラマが量産されていく(ドラマや映画のファスト化は急速に進化し、今や「ファスト」というと内容ではなく作品そのものを短くまとめることになってしまった!)。

 短時間でストーリーがわかればそれでいいというような作品は90~00年代の過剰な描写からいかに自分だけの楽しみを見いだされるかを喜びとしてきた者には物足りない。例えばこのシンプルなシャツの襟や袖がもう少し違ったものにならないだろうか、この白いシャツに何か絵を描き加えられないか等々、想いを巡らせてしまう。

 そんな時、その手の作品に出ていたオダギリジョーが作った『オリバーな犬』は、キャラクター造形も美術も科白も何もかもが過剰で、いろんな映画のオマージュも豊富で、前述したようにストーリーもシンプルに進まない。間にどこに繋がっているかわからないエピソードがいくつも挟まってくるから、レビューを書くことが容易ではないタイプのドラマである。

 ストーリーを流れに沿って書き写し、ネットの感想を拾って入れればレビューができあがりにはさせない手強さは『オリバーな犬』にはある。観た者が観た者なりに視点を定め、知識を総動員して書かないとならないからだ。俳優たちにとっても遊び甲斐のある作品だと思うし、ライター業に楽しみを見出して生業として選んだ者にとっても嬉しいドラマは3回とは言わずずっと続けてほしいものである。

 物語のなかで北條かすみが行方不明になったのは11年前。麻生久美子演じる漆原と溝口が鑑識課で共に仕事をしていた時代2010年とは、ちょうど「バールのような」ドラマがじょじょになくなりはじめた時代なのだ。10年はまだ『時効警察』の路線でオダギリジョー主演のシュールな刑事ドラマ『熱海の捜査官』(テレビ朝日系)や『ケイゾク』と同一の世界観の作品『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』(TBS系)があったが、2011年の東日本大震災以降、描かれるものは変わっていく。

 それについて書き始めたら長くなってしまうのでここでは割愛する。つまり『オリバーな犬』とはこの11年で失われたものへのオダギリジョーなりのメッセージが込められているのではないか。ただし、俳優のみならず映画監督をしたりもしているオダギリジョーとはいえ、はじめての連ドラで脚本、演出、出演、編集をやるのはなかなかハードルも高かったとは感じる。

 1時間半くらいのスペシャルドラマとして勢いよく転がしてしまったほうが観やすかったかなとか、90~00年代の良作ドラマにはかなわないと感じる部分もいくらかあるものの、今の時代にコレをやった志は称賛に値する。前述した香川照之の「最初のテストのみんなまだ緩いときに衝撃的なことをするのが芝居の醍醐味だなと思った」(1枚しかないから扱いに注意してと言われているにもかかわらず)「つっこんでいくのはオダギリくんハートが強い」の言葉どおり、今誰もやらないところにまさにつっこんでいったと考えていいだろう。

 また、オダギリジョーが着ぐるみを着て演じるエロいおじさん犬がコントにならずギリギリ、スタイリッシュでハードボイルドな空気を保っているところには才能を感じる。タイトルバックの入り方とリズムは何度見ても血が騒ぎ、それだけで何回も繰り返し観ることができてしまう魔力があって、そういう意味では、オリバーが伝説の警察犬ルドルフの子供という設定はオダギリジョーが先達のクリエーターの血を引きながら伝説には未だ到達できないという状況を託しているのかもしれない。

 スタッフにも注目すると、撮影は映画『岬の兄妹』を撮った池田直矢、照明は『全員切腹』『Arc アーク』などの宗賢次郎、スタイリストは『愛がなんだ』や『帝一の國』の馬場恭子、オープニング制作は数々のテレビドラマのタイトルバックを手掛けてきた熊本直樹(『時効警察はじめました』(2019年/テレビ朝日系)も。たぶん鳩時計のところ)、制作統括にはNHKで作った異色の特撮ドラマ『超速パラヒーロー ガンディーン 』を手掛けた柴田直之、今のテレビを鋭く批評する『あたらしいテレビ』『新春TV放談』などを手掛ける坂部康二など、いわゆる「NHKぽくない」面子が集まって模索していると感じるドラマはただただ応援したい。バールのようなもので硬直したテレビをぶち壊せ。

■放送情報
『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』
NHK総合にて、9月17日(金)、9月24日(金)、10月1日(金) 22:00~22:45放送【全3回】
脚本・演出・編集:オダギリジョー
主演:池松壮亮
出演:永瀬正敏、麻生久美子、本田翼、岡山天音、玉城ティナ、くっきー!(野性爆弾)、永山瑛太、染谷将太、仲野太賀、佐久間由衣、坂井真紀、葛山信吾、火野正平、村上淳、嶋田久作、甲本雅裕、鈴木慶一、國村隼、細野晴臣、渋川清彦、我修院達也、宇野祥平、松重豊、柄本明、橋爪功、佐藤浩市ほか
制作統括:柴田直之(NHK編成局コンテンツ開発センター)、坂部康二(NHKエンタープライズ)、山本喜彦(MMJ)
写真提供=NHK

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる