酒を悪とは描かない 『アナザーラウンド』『ビーチ・バム』がもたらす幸せな酩酊状態

酒の席が恋しくなる、悪酔い必至映画

 酒はトラブルの元になる。TVシリーズ『フライト・アテンダント』で国際線CAを務める主人公キャシー(ケイリー・クオコ)も物凄い量の酒を飲む。今日もファーストクラスのイケメン実業家とイイ感じになり、そのまま現地で飲み明かしてメイク・ラブ。ところが翌朝、目を覚ましてみると隣には死体が……。ヒッチコック風の殺人ミステリーはヒロインが酒飲みなばかりに予想外の方向へと転がっていく。脳内では度々、惨殺死体の彼と推理が繰り広げられ(死んでる相手と人間関係が深まっていく!)、彼女のメンタルも怪しい。アルコール中毒は精神疾患と結びつくも事も少なくない。キャシーが飲むのはワイン、ビール、バーボンといわゆる“ちゃんぽん”。事件の真相と共に彼女がなぜそんな無茶な飲み方をするのか、その理由が解き明かされていく。ケイリー・クオコの泥酔演技があまりに可笑しいせいか、全米では“コメディ”としてカテゴライズされているのも興味深い。

『フライト・アテンダント シーズン1』(c)2021 WarnerMedia Direct, LLC. All Rights Reserved. HBO MaxTM is used under license.

 アルコールを描くと悲惨な話にしかならないのか? いいや、4月に公開されたハーモニー・コリン監督作『ビーチ・バム まじめに不真面目』は幸せな酩酊状態が続く快作だった。マシュー・マコノヒー演じる主人公ムーンドッグはかつて文壇を賑わせた天才詩人。今はろくに詩作もせず、資産家の嫁の金で飲み歩いている。誰にも迷惑をかけず、誰のことも批判しない陽気な酒飲みムーンドッグは地元マイアミの名物オジサンだ(ゴールデン街あたりにいそう)。ところが妻が急逝、その遺言には新作を上梓しなければ遺産は相続させないと書かれており、ムーンドッグは命よりも大切な飲み代を失くしてしまう。

『ビーチ・バム まじめに不真面目』(c)2019 BEACH BUM FILM HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 歳をとって昔ほど飲めなくなった今、“適量のアルコールは仕事の能率を上げるのか?”とう理論はちょっと疑問だ。昔は格好つけて飲みながら本を書いてみたりもしたが、今はツイートの140文字がせいぜいだ。ムーンドッグも一応の断酒をして新作を書き上げたように見える。「これが終われば飲める」というモチベーションは、酒飲みにとってバカにはならない。ムーンドッグはどうやらビール党の様子。映画の中の缶ビールって何であんなに美味そうに見えるんだ。

 『アナザーラウンド』も『ビーチ・バム』も酒を悪とは描かない。月並みだが、やっぱり“適量”の酒はいいのだ。『アナザーラウンド』のマッツはいつも楽しくワイワイ飲んでいる。コロナ禍に入ってからというもの僕は仲間たちと酒を酌み交わし、語り合っていない。この2年間、さも酒の席は悪だという言説がまかり通ってきたが、僕たちが奪われているのは人間同士のコミュニケーションなのだ。祝祭感あふれる酔いどれマッツの舞に、僕は酒の席が恋しくなった。

■公開情報
『アナザーラウンド』
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほかにて公開中
出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ、
マリア・ボネヴィー
監督:トマス・ヴィンターベア
配給:クロックワークス 
2020年/デンマーク/スクリーンサイズ1:2.0/DCP5.1ch/117分/英題:Another Round/PG-12
(c)2020 Zentropa Entertainments3 ApS, Zentropa Sweden AB, Topkapi Films B.V. & Zentropa Netherlands B.V.
公式サイト:anotherround-movie.com
公式Twitter:@KlockworxInfo
公式Instagram:@KlockworxInfo

■配信情報
『フライト・アテンダント シーズン1』
U-NEXTにて見放題独占配信
(c)2021 WarnerMedia Direct, LLC. All Rights Reserved. HBO MaxTM is used under license.

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