『偽りの隣人』は行動することの重要性を問いかける コメディとしても楽しめる社会派作品

異色の社会派作品『偽りの隣人』

“真の愛国者”とはどうあるべきのかという問い

 本作の物語では、生活音を細かく聴き分け、ウィシクの一挙手一投足を探っていく任務のなかで、デグォンは奇妙なことに気づき始める。政権の転覆をさせかねない危険思想を持った存在だと思っていたウィシクは、意外なほど温厚な性格であり、家族や仲間を大事にする人格的に優れた人物としか思えないのだ。デグォンは、次第にウィシクに尊敬の念すら抱き始め、自分の家族への態度も変わっていくことになる。この展開も、現実には考えにくいが、何故か納得させられてしまうのが、“ファンギョン・マジック”というところだろうか。

 現在、韓国には徴兵制が存在し、特例を除き原則的に全ての男性が軍への入隊を経験しなければならない。その期間に、男性上位的なマッチョイズムの思想が男性たちの間に根付いてしまう場合が少なくないことが、これまで多方から指摘されてきた。デグォンもまた、軍事政権下において上官や支配層の命令に黙って従うことが“男らしさ”の規範であり、自分がそうあることに誇りを持って、家族にも厳しく接してきたのだろう。しかし、そうではない生き方をウィシクの態度から学ぶことで、デグォンは考え方を変化させていくのだ。オ・ダルスが本作を復帰作に選んだのは、そんなメッセージが作品に含まれているからではないだろうか。

 しかし、デグォンは依然として政権側のエージェントに他ならない。ウィシクにシンパシーを抱いたとしても、当局が彼に危害を加えようとしていることが分かったとしても、生活のため、子どものために、たとえ韓国の国民に不幸をもたらすことになったとしても、仕事を続けなければならないのだ。

 この構図は、当時の韓国だけの問題にとどまらないだろう。明らかに間違った方向に社会が動き、それが未来を暗いものにすることが分かっていたとしても、一人ひとりが自分の保身を優先させ、強い者の命令に従ってしまう。しかし、そんな人しかいなければ、社会は確実に悪化の一途をたどらざるを得ない。そればかりか、腐敗した空気の中では、社会の健全化を目指す人物の方が迫害を受け、権力者に媚を売る人物ばかりが成功してしまう。このような社会の腐敗は世界のあらゆるところで見られ、日本もまた同様の問題を抱えているといえよう。

 しかし誰かが動かなければ、この状況はいつまでも変わらない。自浄作用を失った社会は破滅を迎えることになるというのが、これまでの人類の様々な歴史が証明している。何が本当に子どものためになるのか。そして、何のために自分は生きているのか。本作がうったえかけるのは、それを見極める目を持つことと、行動することの重要性である。そして同時に、“真の愛国者”とはどうあるべきのかという問いを投げかけているのだ。

 本作は、そんな人間の魂にうったえかけるテーマを、観客の一人ひとりに語りかけようとする。だからこそ、韓国の多くの社会派作品の中で、本作はそれほどには難しい内容は描かれず、愉快な場面の数々を楽しみながら鑑賞できるバランスとなっているように思われる。そして悲痛な葛藤の先に、主人公デグォンがたどり着く“解答”は、ファンギョン監督作らしく、コメディ表現とファンタジー表現が活かされた、“ある選択”によって示されることになる。

 現実の韓国の歴史において、軍部による政権が国民の力によって終焉を迎えたように、国民にとってより良い未来を勝ち取ることは不可能なことではない。むしろ本来は、国民こそが本当に力を持った主役であり、政府はそれを支えるために存在しているはずなのだ。本作はコメディとファンタジーの力を駆使できるヒットメイカーだからこそできるアプローチで、多くの観客に向けて、いまの状況を改善する可能性がわれわれ自身の中にあることを思い出させてくれる作品なのである。

■公開情報
『偽りの隣人 ある諜報員の告白』
シネマート新宿ほかにて公開中
監督:イ・ファンギョン
出演:チョン・ウ、オ・ダルスほか
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
2020年/韓国/韓国語/130分/シネスコ/5.1ch/英題:Best Frien /日本語字幕:安河内真純
(c)2020 LittleBig Pictures All Rights Reserved.
公式サイト:itsuwari-rinjin.com

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