『アーヤと魔女』はスタジオジブリ作品としてどうだった? 宮崎駿による評価の意味を考察

宮崎駿監督称賛『アーヤと魔女』の出来を検証

 宮崎駿作品と比べて不満に感じるのは、印象的なシーンや、圧倒的な絵作りがほとんど見られないという点だ。TVアニメ『名探偵ホームズ』で、ミセス・ハドソンが悪漢のモリアーティ教授に誘拐され、秘密基地に閉じ込められる展開における豊かな室内の描写や、その宮崎駿監督を魅了したロシアのアニメーション『雪の女王』(1957年)で少女が閉じ込められた“魔法の家”の、気品と狂気が漂う描写などと比べると、凡庸な構図や、イギリス文化への興味やこだわりをそれほど感じない描写が続く。職人的な技術や突飛な発想、情報量などにも乏しく、必要最低限のものしか画面に含まれないことで、退屈になってくるのだ。

 それでも、本作で身を乗り出しそうになったシーンが一つある。それは前半の、教会の塔のてっぺんへと続く狭い螺旋階段をアーヤたちが登っていくシーンだ。高所恐怖と閉所恐怖を同時に感じる不気味な描写は、宮崎駿監督が子どものときに魅了されたという、作家・江戸川乱歩の『幽霊塔』の不気味さを想起させられる見事なものだった。

 さらには、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で、クラリスの運転する車として登場した、宮崎駿の愛車シトロエン2CVが、本作にも現れ、“美しい思い出”の中に描かれるのだ。それは、宮崎家の父と息子の思い出とも繋がったものなのかもしれない。このような表現をてらいなくできてしまうというのは、『ゲド戦記』のクレジットで自身を「新人」と表記した、吾朗監督ならではのチャーミングさといえるかもしれない。

 これらの点から本作は、高畑勲、宮崎駿、近藤喜文監督のようなレジェンドクラスは別として、それ以外のスタジオジブリ作品としては、久しぶりに素直に楽しむことのできるものとなったといえるのではないだろうか。しかし、それをもって本作を「成功作」と呼ぶのは、少し甘過ぎる気がする。例えばこれを『ミッチェル家とマシンの反乱』(2021年)や、本作の上映前に特報が流れているディズニー作品『ミラベルと魔法だらけの家』(2021年公開予定)など、アメリカの3DCG大作の映像と比較してしまうと、そのあまりのクオリティの違いを認識せざるを得ないのだ。

 もちろん、製作規模が全く違うので、差が生まれてしまうのは仕方がないのかもしれない。しかし、これまで高畑勲、宮崎駿監督がそれでも海外の作品に並び、ときに凌駕するものを作っていたことを考えると、本作にそれだけの力がないことを当然だと思うべきではないのではないか。今回の宮崎駿監督の称賛とは、スタジオジブリのこれまでの流れを踏まえた、ドメスティックな意味としてとらえるのが、妥当なところではないだろうか。

 アメリカの第一線にある3DCG作品も、本作も、日本の観客にとっては同じ条件で、同じ料金で鑑賞することになる。そうなると少なくとも、何でもいいから海外の作品を上回るような突出した部分が必要なはずなのだ。しかし、そのレベルで戦えるだけの武器になるものは、本作には見当たらない。

 だが、限られた条件のなかでも、アメリカの娯楽大作に勝つヒントは、すでにスタジオジブリは持っているはずなのである。『キリクと魔女』(1998年)、『ベルヴィル・ランデブー』(2003年)、『春のめざめ』(2006年)など、優れた海外のアニメーションを紹介する事業において扱った作品群は、どれも圧倒的なセンスと驚嘆するような映像表現が楽しめる。宮崎駿監督の要素があったとしても、このような本質的な才能や能力、知識がなければ、それはただの模倣でしかなくなってしまうのだ。

 実際、スタジオジブリは、オランダの天才監督マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットを呼んで、傑作『レッドタートル ある島の物語』(2016年)を作り上げている。この作品は、内容的には期待通りの素晴らしいものとなったが、残念ながら興行成績は厳しい結果となっている。これによって、海外の監督を招聘する流れは暗礁に乗り上げてしまったのかもしれない。

 しかし、『アーヤと魔女』のクオリティを底上げしたのも海外のスタッフであるように、スタジオジブリが広く才能を集める試みを続けているのは確かであり、それが一定の成果をあげたのも確かなことなのだ。ピクサー・アニメーション・スタジオはもとより、サイエンスSARUやなど、様々な人種がともに仕事をすることで、新しい表現が生まれるケースは少なくない。とくに監督の人材に苦慮しているスタジオジブリに今後進んでほしいのは、そういった道である。

※宮崎駿の「崎」はたつさきが正式表記

■公開情報
『劇場版 アーヤと魔女』
全国公開中
出演:寺島しのぶ、豊川悦司、濱田岳、平澤宏々路
原作:Diana Wynne Jones/田中薫子訳/佐竹美保絵(徳間書店刊)
企画:宮崎駿
監督:宮崎吾朗
音楽:武部聡志 
主題歌:シェリナ・ムナフ(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
制作:スタジオジブリ
配給:東宝
(c)2020 NHK, NEP, Studio Ghibli
公式サイト:https://www.aya-and-the-witch.jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる