MCUのドラマシリーズに新たな驚き 『ロキ』にみるマーベル・スタジオの革新性

『ロキ』にみるマーベル・スタジオの革新性

 本作は、そのタイトルが指し示すように、これまでとらえどころのない複雑なキャラクターであったロキの内面を、物語のなかでじっくり描いていくシリーズともなっている。第1話では、普段は傲慢な性格のロキが、自分の無力さを痛感し、珍しく意気消沈して自分の行動を振り返るシーンが描かれる。そして続く第2話、3話で、母親に深い愛情を持っていたことや、意外と感傷的な面が存在することが分かるシーンなど、彼の豪華な衣服が剥ぎ取られた姿が象徴するように、悪や傲慢さ、虚飾の中には善良な人間性を隠していることが分かってくる。

 それを踏まえると、これまでのロキの悪行は、純粋な内面を自分自身で傷つける行為でもあったことが理解できるのだ。矛盾した悲痛な存在であるからこそ、われわれはアベンジャーズ以上に、人間的な身近さをロキに見出すことができるのである。

 さらに注目したいのは、第3話のなかで、ロキ自身がバイセクシャル(両性愛者)だと明言した事実だ。いままでもヒーロー作品など娯楽大作における、このようなキャラクター設定は、ジェンダーマイノリティ当事者から待ち望まれていたことだった。一方で、例えば『キャプテン・マーベル』(2019年)が性差別問題を中心に置いたことで、インターネット上で誹謗の声や意図的に低評価をつける嫌がらせが横行したように、こういった試みはマーケティング上のリスクとされる場合がある。だからこそ、そのような声に負けずに多様性を表現していくマーベル・スタジオの姿勢は称賛できるし、未来志向であるといえよう。そもそも、正義の戦いを描く作品が、社会の少数者を弾圧するような声に配慮するのでは、話にならないだろう。

 性について若者の悩みや偏見、誤解を解決していくNetflixドラマ『セックス・エデュケーション』などのドラマ作品を手がけていて、本作の監督でもあるケイト・ヘロンは、今回ロキがバイセクシャルであるという設定について、SNSで「私にとって重要な目標でした」と述べている。考えてみれば、あらゆるものに変幻自在で、男性にも女性にもなれるロキには、決まった性別は存在しないのではないか。そんなロキだからこそ、性別による身体の違いによる、無駄な偏見や思い込みが存在しないというのは、道理でもあるだろう。

 また、複雑なキャラクターとSF的な世界観が描かれる本作では、脚本家マイケル・ウォルドロンの仕事も重要である。彼は、破壊的なSFアニメシリーズ『リック・アンド・モーティ』のプロデューサー、脚本家の一人であり、本作『ロキ』の創造における中心的な人物だ。TVAや時間軸の問題を扱った、本作の複雑に入り組んだ内容は、まさに『リック・アンド・モーティ』そのものともいえる。『ワンダヴィジョン』において、シチュエーションコメディの出演者だった監督を起用するなど、マーベル・スタジオのプロデュースの的確さは、近年ますます冴えを見せているといえるだろう。

 また、ウォルドロンは、2022年公開予定の、サム・ライミ監督による映画『ドクター・ストレンジ・イン・ザ・マルチバース・オブ・マッドネス(原題)』の脚本も務めている。『ロキ』で見られる複雑怪奇な物語の構築が、ここでも発揮されるのは確実だ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
ディズニープラス オリジナルドラマシリーズ『ロキ』
ディズニープラスにて、毎週水曜16:00〜独占配信中
監督:ケイト・ヘロン
出演:トム・ヒドルストン、オーウェン・ウィルソン、ググ・バサ=ロー、ウンミ・モサク
(c)2021 Marvel
公式サイト:https://disneyplus.disney.co.jp/program/loki.html

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