井浦新が麻生久美子に見えてくる 『あのキス』荒唐無稽な設定を成立させた脚本の凄み

『あのキス』荒唐無稽な設定を成立させた要因

 俳優たちがのびのび生き生き演じることができるのは土台がしっかりしているからこそ。中には、台本が薄いので俳優が熱演して勢いでカムフラージュせざるを得ないものもあるが『あのキス』は内野聖陽の出世作、朝ドラ『ふたりっ子』(NHK総合)、長谷川博己の出世作『セカンドバージン』(NHK総合)、ムロツヨシをイケメンにした『大恋愛~僕を忘れる君と~』(TBS系)等、ヒットメーカー大石静が手掛けているだけあって、単なる荒唐無稽な話でもない。きちっと愛と人間を描いているのである。成功要因その2は台本である。

 例えば、蟹釜アンチのアカウントが桃地のバイト先の一番優しげな水出(阿南敬子)だったことを桃地が知って、SNSで激しい攻防を繰り広げる。その結果、アンチも推し活動のひとつと捉えた懐の深い展開に。また、田中家でオジ巴と帆奈美と遊太郎と桃地が食卓を囲む場面。肉体は夫マサオだが心は巴と食事の支度をしながら語り合う帆奈美の複雑な心境がなんとも胸に染みる。帆奈美の気持ちを受け止めながら好きなのは桃地と屈託ない巴。ファンだった巴がこんなにも身近な存在になり嬉しいが父はいないことにふと気づく遊太郎。この4人の集いは、男と女、死者と生者をボーダーレスにした、得も言われぬ不思議なシーンで、お盆のお祭りのような神聖なものすら感じさせた。

 人間の皮(がわ)なんて無意味であって、心――愛だけがそこにある。そしてそこには失ってしまった哀しみがひとさじ。桃地と巴がキスしないまま事故で亡くなったその悔恨が、コメディの底に地下水のように流れている。

 生と死、男と女のボーダーレスだけでなく、好きとアンチも前述の桃地と水出のようにボーダーレス。愛さえちゃんと持っていれば何もかもが入れ替え可能。『あのキス』はどうしようもなく純粋な美しい物語である。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■放送情報
『あのときキスしておけば』
テレビ朝日系にて、毎週金曜23:15〜放送(一部地域で放送時間が異なる)
出演:松坂桃李、麻生久美子、井浦新、三浦翔平、岸本加世子、MEGUMI、猫背椿、六角慎司、阿南敦子、うらじぬの、角田貴志、藤枝喜輝、川瀬莉子、板倉武志、窪塚愛流
脚本:大石静
演出:本橋圭太、日暮謙、YukiSaito
ゼネラルプロデューサー:三輪祐見子(テレビ朝日)
プロデューサー:貴島彩理(テレビ朝日)、本郷達也(MMJ)
制作:テレビ朝日、MMJ
(c)テレビ朝日
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/anokiss/

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