『おちょやん』千代を救った“自分が作ってきた道” 第21週で描かれた女優としての再生

『おちょやん』第21週で描かれた“再生”

 人間としての再生と同時に、女優としての再生も行われた。防空壕での即興漫才の体験から、千代の才能に確信を持った人気芸人・花車当郎(塚地武雅)が、自らの主演する新しいラジオドラマ『お父さんはお人好し』の相方は千代以外に考えられないという。「初めて会うたのに、昔から気心知れた仲のような、それでいて油断したらこっちがのまれてしまうような凄みもあった」という、私たちが5カ月間見守り続けた女優・竹井千代への的確な評価が嬉しい。

 千代の起用に最初は難色を示していた、NHK大阪の局員・酒井(曽我廼家八十吉)や、脚本家の長澤(生瀬勝久)が、それぞれのプロの目線から、千代の役者としての能力に気づき、魅了されていく様にも胸が熱い。酒井が心を奪われた千代の「話し方」は、岡安で鍛えられた所作と船場言葉を土台とした、たおやかな島之内言葉だ。長澤が立ち聞きで耳にした当郎と千代のテンポ抜群のやりとり。そのツッコミの間合いは、かつて千之助(星田英利)が「お月さんみたいな女優」と評した「受けの芝居」の鍛錬が生んだもの。こうした千代の評価は、まぎれもなくこれまで千代が積み重ねてきたことの結果だ。当郎と長澤の粘り強くも優しい説得が温かい。周囲は無理強いをせず、静かに千代の決断を待つ。千代が自分で考えて、自分で決意するまで見守る。視聴者もそれを見守る。

 「芝居は、辛い思い出でしかないのか?」。この問いを、千代は自分の心に聞き続けた。そして、みんなの前で作文を読むのが苦手だという春子に「友達が応援してくれる、元気づけてくれるはず」と助言しながら、千代は気づく。ああ、私もずっとお客さんから元気づけられてきたんだ、と。演じる者から観る者への鼓舞、観客から演者への鼓舞。芝居とはコール&レスポンスだ。

 始めは勝手に思えた「春子の面倒みてくれへんか」という栗子の願い出は、千代を生きさせようとしてのことだったとわかる。「人は、誰かを助けることで自分も救われることがある」という真理に、そして30余年の月日と恩讐を超え、千代と栗子がこんな関係になれたことに心が震える。「千代おばちゃん」のことが好きでたまらない春子を抱きしめる千代を見ていると、抱きしめてくれる人がいなかった子ども時代の千代を、今の千代が抱きしめているようで、見ているこちらの心も救われる。

 こうして少しずつ自分を取り戻していった千代はラジオへの出演を決意する。NHKで初顔合わせが行われる、千代の新しい門出の日に、栗子が花籠を携えて告白する。これまで折に触れて千代のもとに届き、千代が苦しい時も、何度か芝居をやめてしまおうかと思った時も、いつも支えてくれた花籠は、栗子からのものだった。千代が京都の撮影所で映画の端役をこなしているころから、栗子はずっと見守っていたのだ。

 「あんたのお芝居観んのが、あての生きがいになった。観るたんびに元気もろた」と栗子は言う。だからこそ、栗子がいちばん千代の傷の深さを理解している。長い間、知らぬ間に千代と栗子はコール&レスポンスを続けていたのだ。「とびきりの喜劇、観したる」というテルヲ、ヨシヲ(倉悠貴)との果たせなかった約束は、栗子が代わりに果たしてくれていた。

 栗子と春子に背中を押され、千代は初顔合わせでの挨拶で、1年ぶりに女優・竹井千代として腹の底から声を出す。もう後ろは振り向かない。一生この道を歩いていくと決めた。今度は、ラジオの前、日本中の観客たちと千代のコール&レスポンスが始まる。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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