ディズニーにとっては因果応報? 『ラーヤと龍の王国』の悲劇

ディズニー『ラーヤと龍の王国』の悲劇

 劇場は『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』の公開前に多くの宣伝物や物販グッズを制作し、スクリーンで予告編も流してきた。それらの投資はほぼ回収されることなく、逆に「ディズニープラス作品の宣伝」をしてきたことになってしまったわけだ。さらには、作品の存在が一般層にほとんど浸透しなかったことで、スーパーやコンビニで事前に他企業と企画されていたコラボ商品が投げ売りされるような惨状まで起こった。

 『ラーヤと龍の王国』に関してより深刻だったのは、前述した全興連との話し合いもあって公開直前まで公開時期、公開形態が決まらなかったのと、公開時期の前倒しもあって、(全興連とは違って)直接の利害関係にはない各メディアにおいても事前の宣伝活動がほとんどおこなえなかったことだ。244スクリーンというのはディズニー作品としては異例中の異例の少なさではあるが、決して小規模公開というわけではない。しかし、結果としてその244スクリーンも初日からガラガラの状態となった。映画興行において、作品内容とは関係なく(ちなみに今のところ『ラーヤと龍の王国』の作品評価は世界的に極めて高い)、いかに宣伝が重要かを証明することになってしまったのだ。

 ウォルト・ディズニー・ジャパンに関して言うなら、同情の余地はある(日本のディズニープラスを他国と比べて低いスペックの映像や音響や不安定なサーバーのままずっと運用を続けていることに関しては一切の同情の余地はなく、一刻も早く改善すべきだが)。というのも、ディズニープラスのプレミアアクセス料金で独占配信された『ムーラン』も、通常のサービス内で独占配信された『ソウルフル・ワールド』も、劇場と同時にプレミアアクセス料金で配信された『ラーヤと龍の王国』も、その配信日や公開方法も含めて、アメリカ本国とまったく同じ。つまり、パンデミック下における作品流通に関して、ディズニー本社は日本固有の事情をたった一つも鑑みることなく、日本の支社にたった一つの裁量も与えなかったわけだ。

 ディズニープラスがプレミアアクセス料金で独占公開してみたり、通常サービスで独占公開してみたり、劇場公開と同時にプレミアアクセス料金で公開してみたりと、作品ごとに手法を変えている理由は明白だ。ディズニー本社は作品ごとの特性を考慮するのではなく、感染状況に応じて対応を変えるのでもなく(だとしたら日本の状況に応じて異なった対応もできたはずだ)、ただディズニープラスを運用していく上で様々なケースのデータを収集したいのだろう。ディズニーの経営陣にとって、作品はディズニープラスの販促物であり、観客&視聴者は自らお金を払ってくれる実験のモルモットというわけだ。ディズニーの優秀なクリエイターや、何もできずに関係者に頭を下げるしかないウォルト・ディズニー・ジャパンの従業員も、その犠牲者と言っていいだろう。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter

■公開・配信情報
『ラーヤと龍の王国』
映画館およびディズニープラスプレミアアクセスにて公開・配信中
※プレミアアクセスは追加支払いが必要
監督:ドン・ホール、カルロス・ロペス・エストラーダ
製作:オスナット・シューラー、ピーター・デル・ヴェッコ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Raya and the Last Dragon
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