演劇・映画界が舞台の『おちょやん』だからこそ描けるもの 喜劇の奥にある幾重もの切なさ

『おちょやん』喜劇の奥にある切なさ

 特に、千代が、小暮への思いを無声映画のシークェンスに込める場面は秀逸だった。千代は、目の前にいる小暮に向かって真っ直ぐに「告白」しているにも関わらず、カメラに阻まれて、小暮には全く届いていない。その時はまだ、千代への想いより、高城百合子(井川遥)への想いの方が勝っている小暮は、千代の想いに気づかないまま、彼女の「芝居」を絶賛する。

 その後、無事にその作品は映画館で上映され、それを観ながら映画愛溢れる「キネマ」の店主・宮元(西村和彦)が感動のあまり一人むせび泣いている。でも、上映されている映画の中には千代のその時の渾身の台詞も思いも存在せず、千代は物語の中の健気な一登場人物に過ぎないのである。

 それぞれの真っ直ぐで純粋な感情はどこか屈折していて、完全には一致せずにすれ違っているそのさまは、まさに「映画」そのものがもつ儚さと同じだ。それ自体が「片思い」に似ている。第7週において、一本の無声映画を通して切なく完結した千代の初恋は、第8週における小暮の夢の終わりと千代への恋とプロポーズ、そして千代の絶望と新たな夢の始まりという新たなすれ違いの結末へと繋がり、視聴者の多くが、千代のために叶えられなかった夢を思い、飲めないビールを一生懸命飲んで去っていった小暮のエピソードに泣かされたのであった。

 井川遥演じる高城百合子、若村麻由美演じる山村千鳥、篠原涼子演じる岡田シズといった誇り高き女たちの生き様を描いた物語でもある『おちょやん』。京都での様々な出会いと別れを胸に抱き、道頓堀で懐かしい人々と再会する竹井千代の人生は、どう花開いていくのだろうか。愉快な乞食たちがいる、あの賑やかな路地が千代を待っている。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
Twitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる