『逃げ恥』が描いた2021年の世界への希望 改めて教えてくれた“他者と寄り添う大切さ”

『逃げ恥』が描いた2021年の世界への希望

 もう一つ描かれたのは、それぞれの「心の中の孤独」だった。「近くて38万キロ」の地球と月の距離にちなんで「私たちは、その道のりは、地球と月ほどに遠い」と、出産・育児を巡る男女間の意識の違いが露呈した、みくりと平匡はそれぞれに独白する。月を眺めるのは彼らだけではない。

 沼田会を終えて山さん(古舘寛治)のバーから出てきた風見(大谷亮平)は、空に浮かぶ満月を見つめ「月がきれいだと誰かに送りたくなりますよね」とほほ笑み、写真を撮る。恐らく同じことを思ったのだろう、別の場所にいる百合(石田ゆり子)も満月に向かってスマホを構えるが、「撮ってもどうせ送る人いないし」と言ってやめる。連続ドラマ版での最終回ではうまくいくように見えた百合と風見は、年の差のギャップを埋めることができずに別れていた。そして、切なげな表情の百合と綺麗な月の光景に誘われたように「高校の頃、土屋のこと好きだった」と吐露する、百合の高校時代の同級生・花村(西田尚美)。

 この三者三様の思いの吐露。誰かを思いながらも、かつて思いながらも、繋がれないままの恋もある。私たちは孤独だ。それでも、花村の言葉を百合が「一筋の光」だと感じ、それに対し花村がかつての自分を認められたような気がしてほっとして涙するように。心を寄せ合うことはできるのである。

 家族になったみくりと平匡、一人で生きると決めた百合と風見、セクシャルマイノリティである沼田(古田新太)と梅原(成田凌)、そして花村。ドラマはそれぞれの生き方の多様性を肯定する一方で、社会の不寛容さと、それぞれが抱える生きづらさを描いた。

 また、連続ドラマ放送時とは違い、放送後に噴出した賛否両論も印象的だった。家事代行サービスに頼ることや、保険適用外の高額な手術を受けるという解決策に辿りつくみくりや百合に対し、「結局はお金でしか解決できない」「彼女たちはハイクラスだから」といった言葉が飛び交ったり、世代間、男女間で巻き起こる激しい拒否反応を散見したりしたのも、コロナ禍によってより一層深まってしまった、個々人の、あるいは物語の、限られた時間の中で全てを伝えようとした「正しさ」が生んでしまった、零れてしまったとでも言うべき疎外感、分断であるとも言える。また、それだけ我々を取り巻く問題は一筋縄ではいかないほどシビアであるということを暗に指摘する。

 それでも、「それぞれの小さな宇宙を抱えて、近くて遠いお隣さんとして生きていければいい」とみくりが最後に独白するように。それぞれに「心の中の孤独」を持っている彼らが、彼らなりの幸せを模索して、それぞれの「普通」を持ち寄り、大切な誰かと寄り添うために少しずつでも自分を変えようともがきながら生きている姿には、どこか切なくもありながら、「世界はまだ、こんなにも美しい」と言えるだけの素晴らしさと希望があった。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■配信情報
新春スペシャルドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』
TVerにて配信中
出演:新垣結衣、星野源、大谷亮平、藤井隆、真野恵里菜、成田凌、古舘寛治、細田善彦、モロ師岡、高橋ひとみ、宇梶剛士、富田靖子、古田新太、石田ゆり子、西田尚美、青木崇高、滝沢カレン、池谷のぶえ、ナオト・インティライミ、金子昇、Kaito、前野朋哉
原作:海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社『Kiss』所載)
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:那須田淳、磯山晶、峠田浩、勝野逸未
演出:金子文紀
音楽 :末廣健一郎、MAYUKO
主題歌:星野源 「恋」(スピードスターレコーズ)
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/NIGEHAJI_tbs/
公式Twitter:@nigehaji_tbs
公式Instagram:nigehajigram

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