『おちょやん』道頓堀編までを振り返る 時代への忠実性から見える“不変かつ普遍なるもの”

『おちょやん』道頓堀編までを振り返る

 そして、なんといっても千代の父・テルヲの存在が際立つ。酒に溺れて働かない、博打と借金を繰り返す、子どもたちをネグレクトする、挙げ句の果てには、やっと自分の生きる道を見つけた千代に寄生し、借金のカタに売ろうとする……。まさに「朝ドラ史上、最クズ親父」と呼ぶにふさわしい人物造形だ。テルヲを演じるトータス松本が、公式サイトの特集コーナー「テルヲのいいわけ」にて「テルヲには生きてきた経験値が積み上げられてない、全部デリートしてる」と分析するように、本物のバカだ。トータスの、役を深く理解しつつ適切な距離を保ち、「振り切ったバカ」を演じ切る姿が見事だ。

 おちょぼ(見習い)として8年岡安に奉公し、年期が明け、正式にお茶子として岡安で働くことを望んだ千代。その矢先にテルヲが現れて放った「娘が親助けるって当たり前のこっちゃないけ」という台詞に背筋が凍る。多くの時代物の朝ドラにおいて、父親は「ヒロインに立ちはだかる『時代』という障壁」の象徴として機能しているが、ここまでヒロインの父を「時代の闇」として描き切る朝ドラもなかなかない。しかし、こんな父親は当時たくさんいたのだろう。テルヲのようなダメ親父でさえ、詭弁に使うことのできる「家父長制」という因習。朝ドラなので描けないが、多くの父親は言うことを聞かせるために暴力も辞さなかったはずだ。ヒロインのモチーフとなった浪花千栄子さんの幼少期はもっと凄まじいものだったと聞く。

 ところが、このテルヲの「クズ描写」が、物語の中で実によく効いている。もしもテルヲの造詣がもっとソフトで、令和の視聴者好みに漂白されたものだったら、千代の「うちはどこにも行きとうない!」という台詞が、「胸がちぎれるほどの渇望」として伝わってこないし、命の危険にさえ晒されつつあった自分に「生き直す場所」をくれたシズに恩返しがしたいという千代の悲願も、ぼんやりしたものになるだろう。人は、環境によって作られる。だからこのドラマは「時代」を可能な限り忠実に再現し、その時代に生まれた人々の「生」を刻みつけようとしているのではないだろうか。

 同時に、「むかし」を忠実に描くからこそ「不変かつ普遍なるもの」が浮き彫りになってくる。船着場でシズが千代にかけた「これからは自分のために生きますのや。生きてええのや」という言葉は、複雑多様化した現代、何らかの生きづらさを抱える私たちの胸に深く響く。少女編から絶えず発し続ける、「枷になるなら属性を断ち切っていい。家族も捨てていい。誰にでも幸福を追求する権利があり、自分の幸せは自分で作れる」というメッセージだ。

 シズに見送られ、小舟に乗って旅立つ千代が「こないなドブ川にも花が咲くんやな」と言い表した、水面に映る灯り。それは、清濁併せ呑む社会へと旅立つ千代の、そして視聴者にとっての希望だ。小舟を漕いで旅立ちを助けるのは、あの小次郎だった。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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