年の瀬に考える、「作家の映画」と「企業の映画」の違い

年の瀬に考える、「作家の映画」と「企業の映画」の違い

 先週末の動員ランキングは、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が土日2日間で動員57万6000人、興収9億800万円をあげて、11週連続で1位に。累計では動員2404万人、興収324億円を突破して、遂に2001年に公開された『千と千尋の神隠し』の記録を抜きーーという話は既にあらゆるメディアが散々していることなので、ここでは繰り返さない。ただ、安易に『千と千尋の神隠し』と『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を比べる向きには、「日本のアニメーション映画」ということ以外ほとんど何一つ共通点がないと、釘を刺しておく必要があるだろう。

 『千と千尋の神隠し』は、作品を観た人も観ていない人も日本人なら誰でも、いや、世界的にも数億人レベルで、その監督の名前が知られている作品だ。宮崎駿は同作で、監督だけでなく原作も脚本も作画も手がけている。つまり、『千と千尋の神隠し』はスタジオジブリの作品である以前に、宮崎駿という「作家の映画」だ。

 一方、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を観た人の中で、監督の名前がパッと出てくる人はどのくらいいるだろう? 少なくとも、観ていない人で名前が出てくる人はほとんどいないのではないか。『鬼滅の刃』には吾峠呼世晴という原作者がいて、「脚本」はクレジットさえ存在せず、「脚本制作」という名目でufotableとスタジオの名前がクレジットされている。そこでの監督は、制作全体を統括する役割に課せられた役職の一つだ。続編の製作(もちろん製作されるだろうが)に関してもあらゆる関係各社の合意が必要となる『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、ufotableの作品であると同時に、アニプレックスの作品でもあり、集英社の作品でもある。

 日本映画界には製作委員会という出資者がリスクと利益を分け合う独自のシステムがあって、そのシステムを採用しているという点では『千と千尋の神隠し』も『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』と同じだが、それとは別に「作家の映画」と「企業の映画」には大きな違いがある。誤解がないように言うと、どちらが上ということではない。ただ、作品の成り立ちも、観客からの受け取られ方も、映画史における位置付けもまったく異なるのだ。

 ちなみに、ハリウッドもこの20年で「作家の映画」から「企業の映画」へと大きくシフトしていて、例えばかつては「ジョージ・ルーカスの作品」だった『スター・ウォーズ』の続編やスピンオフ作品で、ディズニーが平気で監督の首をすげ替えてきたのも、『スター・ウォーズ』が「作家の映画」から「企業の映画」に変わったからだ。もちろん、それぞれの作品には法的な権利問題もあるわけだが、それ以前の問題として、映画に関わる企業の「監督を尊重する姿勢」が失われてきているのは、先日ワーナー・ブラザースが監督に事前の打診もなく2021年の劇場公開作品をすべてHBO Maxで同日配信することを決定したことにも顕著に表れていた。

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