『Away』はなぜアニメーションとして画期的なのか VTuberにも通じる“即興性”を読み解く

『Away』はなぜ画期的な作品なのか

即興がもたらす創造的アクシデントとは

 ジルバロディス監督の証言を紹介する前に、即興演出について振り返りたい。

 即興芝居を中心に映画を組み立てる作家は、古今東西数多く存在する。基本的に脚本通りに撮る監督でも、全く即興を認めない監督はそれほど多くないだろう。ある意味、即興自体は実写映像作品においてありふれた演出ともいえる。

 現在の日本映画界で即興を好む映画監督と最も有名なのは、是枝裕和だろう。テレビドキュメンタリー出身の是枝監督は、脚本を書かずに即興芝居のみで長編映画を作っていた時期がある。なぜそのような手法を試そうと考えたのか、是枝監督は自著『映画を撮りながら考えたこと』で以下のように語っている。長編映画2作目の『ワンダフルライフ』撮影中の出来事だそうだ。

「映画では思い出を語る一般の人として、夛々羅君子さんという七十七歳のおばあちゃんに出演していただきました。<中略>夛々羅さんは、ハンカチを子ども時代の自分を演じる女の子に渡し、椅子へと戻るのですが、その脇には寺島進さん、ARATAくん(現・井浦新)、小田エリカさんが並んで座っていて、彼ら全員で演技をしている女の子をやさしく見守りながら、赤い靴を一緒に口ずさみはじめたのです。それは僕の指示ではなく、自然発生的なものでした。その様子を見た僕は、正直感動した」※1(カッコ内は筆者が挿入)

 是枝監督は、この体験をもとに、「役者から自発的に、内発的に生成される感情を使いながら一本映画が撮れたらおもしろいかもしれない」(※2)と考え、次回作の『DISTANCE』を脚本なしで撮影した。是枝監督は、主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を最年少で受賞した『誰も知らない』でも、役者たちに台本を渡さず、各人に台詞のみを伝える「口伝え」という手法で映画を作っている。柳楽優弥は、現在ではクレバーな役者として様々なタイプの役をこなすが、当時カンヌを感動させた真実の感情が込められた芝居を引き出したのは、是枝監督の「内発的な感情」を引き出す演出プランにあったといえるだろう。もし、脚本を書き、段取り通りの芝居を当時の柳楽にやらせていた場合、カンヌという世界最高峰の舞台で賞を受賞することはなかったかもしれない。

 近年の是枝作品は、『DISTANCE』や『誰も知らない』の頃と比べると脚本芝居の比重が多くなっているが、子役に対しては口伝えを実践している。『海街diary』の広瀬すずにも、脚本を渡さず口伝えによって芝居を引き出している。

 アメリカのインデペンデント映画の父と言われる巨匠ジョン・カサヴェテスも即興で映画を作り、映画史に名を刻んだ一人だ。カサヴェテスは、即興を「創造的アクシデント」と呼んだ。ほとんど全てを段取りどおりに進行させるハリウッド映画の対極のやり方を実践し、1959年、全編即興で撮影された『アメリカの影』を発表した。その映画は、ハリウッド映画に反旗を翻したような作風だった。

 16ミリフィルムで撮影された荒々しい画面、脚本のない即興芝居、音声もノイズまじり、オールロケーション。役者が事前にどう動くか決まっていないため、カメラワークも整っていない。しかし、それが逆にハリウッドの撮影システムに縛られていた役者を解放し、人間の実像に迫っていると評価された。

「『アメリカの影』は最初から最後まで創造的アクシデントの連続だった。ぼくらは自分たちのやっていることに興奮していた。そもそもぼくらには何もなかったから、創造し、即興しなければならなかったんだ」※3

 カサヴェテスの証言で面白いのは、デビュー作『アメリカの影』が評価されたポイントだ。レイ・カーニー編『ジョン・カサヴェテスは語る』の中で彼はこう証言している。

「ぼくらが誉められた点っていうのは、直そうとしてたところなんだ。ひどい音響とか……ドリー(上にキャメラを乗せる移動者)上の長焦点レンズ(望遠レンズ)とか、往来をはさんでの撮影とかいったもの――こういったものはみんな、天才的なひらめきじゃなくて、偶然から生じたものだった。<中略>イングランドで公開したときに、こう言われたよ。『我々がこれまで耳にした中で最も真に迫った音だ』」※4

 『アメリカの影』の制作クルーは、経験豊富なプロではなかった。撮影中、技術的なトラブルは日常茶飯事であり、ある意味、狙い通りに映像を作ることができなかったわけだが、そのアクシデント的な要素が逆に高く評価されたのだ。カサヴェテスのデビュー作は、役者も撮影クルーも即興的で、その全てが段取り通りにスタジオで撮影していたら得られない、「創造的なアクシデント」に満ち溢れていたのだ。

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