世界的人気もフランスで大炎上 『エミリー、パリへ行く』のなにが問題に?

『エミリー、パリへ行く』仏で大炎上の背景

Netflixオリジナルシリーズ『ジ・エディ』(c)Lou Faulon

 最も予想外だったのは、このシリーズはNetflixが企画開発したドラマではなく、バイアコムCBS傘下のMTVスタジオがケーブルテレビ局のパラマウント・ネットワーク用に制作していたところ、今年7月に様々な要因によりNetflixに移動した作品だったということ。バイアコムCBSとダーレン・スターはこの発表の1週間前に、複数年の企画開発制作全般に関する契約を締結している。もともとアメリカ国内のケーブルテレビ視聴層を想定して作られていたドラマが、フランスを含む世界190カ国以上に同時配信されてしまったのだ。同じくパリを舞台にしたNetflixオリジナル作品『ジ・エディ』(2020年)は、『ラ・ラ・ランド』(2016年)のデイミアン・チャゼルが製作総指揮と監督を務め、Netflixヨーロッパが製作したドラマ。『エミリー、パリへ行く』同様、パリのアメリカ人がフランスとの文化摩擦を経験し、ジャズとパリへの愛を深めていく物語だ。『エミリー、パリへ行く』と異なり、すでにパリである程度の時間を過ごしている中年男性のエリオットはエッフェル塔と自撮りもしないし、パン・オ・ショコラを嬉しそうに食べるシーンもない。パリを訪れる娘とは英語で会話するが、彼を取り巻くフランス人はかなりフランスなまりの英語を話していた。

『エミリー、パリへ行く』(c)ROGER DO MINH/NETFLIX

 『エミリー、パリへ行く』で描かれたパリは、アメリカ人の想像の中にあるパリだ。それなのに、アメリカの観客へのリップサービスとして描いた過剰なステレオタイプについて釈明する猶予も与えられないままに世界190カ国、そして愛しのフランスにまで配信されてしまったのが悲劇の始まりだった。だが、ネガティブな意見も含めて視聴数が多ければ成功とみなされるのがストリーミングの世界で、『エミリー、パリへ行く』はまだシーズン1が配信されたばかり。リリー・コリンズはインタビューで若かりし頃の自身とエミリーを重ね「若い頃はオーディションにも全然受からなくて、何度も『ノー』と言われた。その『ノー』を受け入れていたら、今のような仕事はできていなかったと思う。自分の情熱を追求する方法を見つけて、他の経験から自分自身を高めていった。エミリーもそう。『ノー』をピリオドではなくコンマと見なしているから」と語っている。リリーが言うとおり、シーズン1終了後の批評はコンマに過ぎず、シーズン2が作られる可能性も高い。来シーズンのエミリーは傲慢で無知で傍若無人なアメリカ人の殻を破り、異国で働き生活する2020年代の女性として大きく成長していくことだろう。

Emily in Paris… vu par un Parisien | Netflix France

 アメリカから送り込まれたとんだ客人の対応を引き受けたNetflixフランスは、公式チャンネルに「パリジャンが観た『エミリー、パリへ行く』」という動画をアップしている。そこでは、ドラマで描かれた「ありえないパリ」が早口でリストアップされ、「たいていのパリジャンはヘッドフォンをつけて急ぎ足で歩いているが、エミリーが出会う人々はみんなゆっくり歩き、彼女と友達になるために話しかける素敵な人々だ」と自虐しながらも、「結局、ここで挙げている長いリストは深刻な問題じゃない。なぜなら、これはフィクションであり、エミリーにとってのパリは、わたしたちが住んでみたい空想上のパリなのだから!」と締めている。批判を受け止め宣伝に転化する、さすがNetflixと言うしかない。

参考

https://www.premiere.fr/Series/News-Series/Emily-in-Paris-Netflix-joue-le-jeu-de-lautoderision-dans-cette-video-parisienne
https://www.senscritique.com/serie/Emily_in_Paris/critique/230848957
https://www.theguardian.com/tv-and-radio/2020/oct/02/emily-in-paris-review-an-excruciating-exorcism-of-french-cliches
https://www.indiewire.com/2020/10/emily-in-paris-review-1234589571/

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■配信情報
『エミリー、パリへ行く』
Netflixにて配信中
(c)STEPHANIE BRANCHU/NETFLIX

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