空前の『鬼滅の刃』現象 映画興行は「なりふりかまわない」新基準へ

映画興行は「なりふりかまわない」新基準へ

 これまでマーベル・シネマティック・ユニバースの新作や、『ワイルド・スピード』などの人気シリーズの新作などが公開されると、例えば中国や韓国の興行で日本の初動成績の何十倍もの数字が出て驚かされることがあった。もちろん、日本の映画マーケットの規模自体が、今では中国や韓国とは比較にならないほど小さくなってしまったこともあるのだが、それにしても「ここまでケタが違うのはどうしてなのか?」と思わずにはいられなかった。

 2年前、ソウルに滞在していた週末、まだ日本で公開されてない作品でも観ようとシネコンを訪れた時、その理由を目の当たりにすることとなった。ちょうどその週末は『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の公開週だったのだが、12スクリーンを擁する大型シネコンに足を運ぶと、実に10スクリーンで同時に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を公開していたのだ。韓国にはスクリーンクォータ制度という国内の映画館で一定数以上の自国映画を上映することを義務づける制度があって、そうしたシネコンの運営はしばしば批判に晒され、独占禁止法的にも問題視されているとのことだが、一部ブロックバスター作品の異常に高い初動成績の背景には、そうしたなりふりかまわないシネコンの運営方針がある。

 今回、日本の『鬼滅の刃』で起こったことは、基本的にはそれと同じことだろう。日本のシネコンの運営会社には、各メジャー配給会社の系列企業も多く、そうでなくても国内メジャー、海外メジャーの各社の顔色をうかがいながら、どんなに大ヒットが見込める有力作品が公開される時も、そのスクリーン割りには別の作品への配慮が働いていた。しかし、今年の春以降、我々が目にしてきたのは、各シネコンがプロモーションのために張り出した巨大ポスターや館内に設置した巨大ポップが、作品の相次ぐ公開延期によって次々と撤去されていく様子だ。いや、公開延期だけならまだ倉庫にでも保管して、また新しい公開のタイミングに合わせて展示することもできる。しかし、『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』で起こったことを、各シネコンの運営会社や現場で働く人々は絶対に忘れることはないだろう。それは「どこから宣伝費が出ているか」の問題ではない。『ムーラン』のポスターを何ヶ月も貼っていた場所は、ちゃんと劇場公開される作品のポスターを貼ることもできた場所なのだ。シネコンは、配給と同じ運営元のストリーミングサービスで独占配信される作品を宣伝するための場所ではない。これまで日本国内では目にしたことのなかった『鬼滅の刃』の異常なシネコンのスクリーン割りには、「そっちがそのつもりなら、こっちだってもう配慮なんてしていられない」という本音が見え隠れしていた。そして、そうした興行側の配給側への不信感や怨嗟は、今後もずっと長引くのではないだろうか。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

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