ベルリン映画祭は女優賞・男優賞廃止、アカデミー賞は新ルール導入 ハリウッドの多様性と包摂性

ハリウッドの多様性・包摂性への動きを解説

『The Disciple(原題)』(c)Courtesy of TIFF

 だが、『ROMA/ローマ』(2018年)でアカデミー賞監督賞・撮影賞・外国語映画賞(当時)を受賞したアルフォンソ・キュアロンは少し異なる見方をしている。彼がエグゼクティブ・プロデューサーを務めたインド映画『The Disciple(原題)』に関するIndiewire誌のインタビューで、「誰もが包摂性のある映画を作る方法を考えている。面白いのは、自然とその方向に進むのではなく、外的圧力によって変化がもたらされるということ。社会が変化する自然なプロセスのはずが、規制や規則によって変えられるのは少しがっかりした」と語っている。トロント映画祭やニューヨーク映画祭で上映された『The Disciple』は、インド音楽のミュージシャンを志す青年の物語。監督のチャイタニヤ・タームハネーの『裁き』(2014年)に感銘を受けたキュアロンは、ロレックスが支援するメンター・プログラムを通じてタームハネーを『ROMA/ローマ』の制作現場に招き、関係を築いている。『ROMA/ローマ』で、多くの演技未経験者を起用し、スペイン語とメキシコのオアハカ州で使われているミシュテカ語を使用言語とした映画をアカデミー賞の作品賞にノミネートさせた経験のあるキュアロンにとって、映画における包摂性は社会を表す当然のものとして備わっている。キュアロンにとって、映画芸術科学アカデミーが定めるカテゴリーAとCは彼らに言われる前からクリアしている基準だからだ。

『フェアウェル』(c)2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 また、今後ハリウッドがカテゴリーAの基準を満たすために、マイノリティの物語を白人の視点で描く作品が増えるのではないかという懸念も生まれている。9月22日に発表された、中国出身の世界的ピアニスト、ラン・ランの自伝『 Journey of a Thousand Miles』を原作にロン・ハワードが監督し、『シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム』(2011年)のアメリカ人脚本家ミシェル・マローニーとキーラン・マローニーが参加するというニュースに、『フェアウェル』(2019年)のルル・ワン監督がTwitterで意見した。

「中国文化と文化大革命が芸術家や知識人に与えた影響、西洋帝国主義の影響をよく理解していないと、中国出身のクラシック奏者ラン・ランの物語を語ることは不可能だと思う」

「この映画を監督したいから言ってるんじゃない。私は監督しません。ラン・ラン (と私の家族)の出身地である中国東北部の特殊な文化や暴力の文化的側面に、彼らが対応できるとは思えません」

「『ムーラン』から何も学ばなかったの? 私の好きな多くの人が関わってるから何も言わなかったけれど、でも言わないと。だって2020年なのに…もう疲れました」

『ムーラン』(c)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

 ニュージーランド出身の女性監督ニキ・カーロによる『ムーラン』は、度重なる公開延期の末、ディズニープラスがサービスを提供している国では配信、中国では劇場公開された。その後、イスラム系少数民族のウイグル族を拘束している新疆ウイグル自治区でのロケに便宜を図った政府機関に感謝したエンドクレジットが問題視され、ボイコット運動へとつながった。『ムーラン』は、中国の伝説を元にした1998年のアニメ作品の実写化で、ディズニーが開発に5年、製作費2億ドルを費やした大作映画。アジア系キャスト、女性監督の起用と包摂性にも目配りを効かせ、中国市場を席巻する作品になるはずが、中国の人権問題に対する感受性に欠けていた。皮肉なことに、中国での興行成績もディズニーの想定を大きく下回っている。ルル・ワン監督の問題提起はとても大事なもので、どうしてこのようなルール変更を映画芸術科学アカデミーが打ち出したのかを理解していないと、作品賞のノミネートを得るために基準をクリアしていくことになりかねない。

 ブラック・ライブズ・マター(BLM)やインクルージョンの問題は、トップダウンで一朝一夕に解決するものではない。問題の歴史と文脈を理解し、あらゆる立場の意見を尊重し初めて動き出すものだ。アカデミー賞や映画祭の働きかけは、大きな流れの中の一つの決定にすぎない。映画という世俗文化を色濃く表す表現媒体において、今後どのような動きが起きるのかは、映画の作り手・送り手だけでなく、受け手となる観客にもかかっている。

参考

https://www.indiewire.com/2020/09/alfonso-cuaron-oscar-inclusion-rules-1234586264/
https://www.hollywoodreporter.com/news/ron-howard-to-direct-lang-lang-biopic
https://www.nytimes.com/2020/09/12/business/media/disney-mulan-china.html

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

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