イ・ヨンエ14年ぶりのスクリーンへ! 『ブリング・ミー・ホーム』に通底する韓国映画の“無慈悲”さ

『ブリング・ミー・ホーム』の“無慈悲”さ

 息子を失った悲しみと自責の念を引きずりながら、それでもなお息子が生きていることを信じて行動する“強い母親”ジョンヨン。そんな彼女の“我が子を思う”強い気持ちが、この物語を駆動しているのは間違いないだろう。けれども、その行きつく先で彼女が目の当たりにするのは、彼女が予想もしていなかった、むき出しの“世界”なのだった。一般的な“正しさ”とは異なる価値観で、日々暮らしている人々。彼らにとって“真実”とは、必ずしも重要ではないのだ。ましてや、それが他人事であるならば。彼らは彼らで、自分たちの生活を守ることに必死なのだ。そこで重要となるのが、“釣り場”の家族とジョンヨンのあいだに立ち、やがて彼女の前に立ちふさがる人物――その地域を管轄する警察官「ホン警長」という特異なキャラクターなのだった。世の中の“正しさ”とは必ずしも一致しない、自分だけのルールと秩序があり、さらには権力を持った田舎の警察官。

 そんな「ホン警長」を演じるのが、今年日本でも多くの人が視聴したドラマ『梨泰院クラス』で、主人公パク・セロイの宿敵=長家(チャンガ)グループの会長チャン・デヒを外連味たっぷりに演じていたユ・ジェミョンである。もともとは舞台を中心に活躍していたようだが、近年は『梨泰院クラス』をはじめ、チョ・スンウとペ・ドゥナが主演したドラマ『秘密の森』や、マン・ドンソク主演の映画『悪人伝』といった話題作で、強烈な悪役を演じてきたユ・ジェミョン。けれども本作で彼が演じるホン警長は、いわゆる“黒幕”然とした悪役などではなく……演じている本人も語っているように、見ようによっては「ありふれた日常を送る平凡な警察官」に過ぎず、そこが本作の物語をより複雑で重層的なものにしているのだった。外部の者によって町の平穏が乱されることを何よりも嫌うホン警長。さらにユ・ジェミョンは言う。「この映画は、子どもを捜す母親の愛を描いた作品ではありますが、その“真実”めぐってあらゆる人物たちがぶつかり合うことが、実はメインの見どころなのだと思います」。果たして、その発言の真意とは?

 そう、この映画は、“我が子を思う母親”の強さと行動力を賛美するような、そんな有り体の映画などではなかった。その強靭な“母性愛”を入り口としつつも、そこから次第に浮かび上がってくるのは、表面的には同情しつつも、決して他人と深く関わろうとはしない、今の人間たちの心の“在り方”なのだった。冒頭に挙げた『親切なクムジャさん』、『シークレット・サンシャイン』、『母なる証明』といった映画が、“母性愛”のみを描いた映画ではなく、それぞれ“復讐”、“救済”、“狂気”といったテーマを内包していたように、この映画もまた、観客の心を思いがけないテーマへと導いていくのだ。韓国に限らず、子どもの行方不明事件が一向に減らない本当の理由とは何なのか。そして、世に言う“正しさ”とは、果たして誰にとっての“正しさ”なのか。

 ちなみに、本作が初の長編映画となったキム・スンウ監督は、『シークレット・サンシャイン』の現場でプロダクションアシスタントを務めるなど、自身でいくつもの脚本を書きながら、長らく監督を夢見てきた人物であるという。その彼が、10年以上も温めてきたアイデアをもとに生み出された本作。その脚本の緻密さと、そこで描かれている人間たちの複雑さに魅せられ、新人監督であるにもかかわらず、それを自らの復帰作にすることを選んだというベテラン、イ・ヨンエ。そして、近年活躍目覚ましい“カメレオン俳優”、ユ・ジェミョン。そんな立場もキャリアも異なる3人が、意思を同じくして生み出したサスペンス・ストーリー――それがこの『ブリング・ミー・ホーム』なのだ。俳優やスタッフの層の厚さはもちろん、その自由な交流を含めて、韓国映画の奥深さと豊かさを……そして何よりも、その果敢な“攻め”の姿勢を改めて痛感させられるような、そんな一本だ。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twitter

■公開情報
『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』
新宿武蔵野館ほかにて公開中
監督・脚本:キム・スンウ
出演:イ・ヨンエ、ユ・ジェミョン、イ・ウォングン、パク・ヘジュン
配給:ザジフィルムズ/マクザム
提供:マクザム
英題:Bring Me Home/2019年/韓国/韓国語/104分
(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる