『ブラックパンサー』はチャドウィック・ボーズマン以外あり得なかった 早すぎる死を悼む

チャドウィック・ボーズマンの死を悼む

 それは彼がアフリカの(架空の国の)ワカンダの王という設定です。ブラックパンサー以降の黒人ヒーローはいわゆる“アフリカ系アメリカ人ヒーロー”が多いのですが、ブラックパンサーは“アフリカのヒーロー”なのです。このワカンダの存在はブラックパンサー初登場の、『ファンタスティック・フォー』の中でも語られており、チームのリーダーであるMr.ファンタスティックが息を呑むほどワカンダのテクノロジーは優れています。Mr.ファンタスティックは白人で世界最高の天才科学者という設定でしたから、その彼が絶賛するぐらいすごい文化がアフリカにあったということなのです。

 つまり、ブラックパンサーには黒人という人種だけではなく、彼らのルーツであるアフリカへのリスペクトがあったわけです。僕はブラックパンサーがアフリカの国を背負っているというのが他の黒人ヒーローと一番違う点だったのではないかと思います。

 ブラックパンサーは決して“豹の格好をしたヒーローが活躍する”だけの映画ではない。ワカンダという神秘の国をどれだけスケール大きく素敵に描けるかがポイント。だからマーベルはじっくり時間をかけて映画化に臨みました。

 そしてブラックパンサーことティ・チャラ役にも、今までの黒人アクションヒーロー像とは違う資質が求められました。国王であるということです。

 僕はチャドウィック・ボーズマンさんのブラックパンサー姿を観た時、彼の目の優しさが印象的でした。輝いているけれどギラギラしすぎていない。この役に起用されたのは、彼の持つなんともいえない気品とおだやかさが理由だったのではないかと思います。つまり、王(殿下)としての風格が彼にはあったのです。邪悪なエイリアン相手の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ/エンドゲーム』は例外として、ブラックパンサーが活躍する『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』『ブラックパンサー』において彼は最後には敵を赦すというか相手のことを受け入れますよね。そう、ブラックパンサーとは悪を倒すだけのファイターではない、間違いを正していくヒーローなのです(彼は祖国ワカンダの過ちも認め、世界とつながっていこうとします)。

 曲者ぞろいのマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の中で一番の人格者はこのブラックパンサーことティ・チャラかもしれない。ヒーローとしてのカッコよさと、王としての風格、人柄の良さを求められるこの役において、チャドウィック・ボーズマンさんは見事にその期待に答えてくれました。日本のファンからもチャドウィック・ボーズマンさんへの哀悼のツイートなどがあふれていますが、海外のファンや関係者の多くが“KING”という言葉(日本のファンの何人かが“陛下”)という言葉を使っているのが印象的でした。

 そして『ブラックパンサー』という作品は人種問題だけではなく、行き過ぎた自国ファーストへの警鐘やそれでも人類が共に手を取り合えばいい未来が待っているという前向きなメッセージを含んだ寓話です。

 こうした世界の問題を解決するためには世界をどう「見る」かにかかっているのであり、だからこそティ・チャラ=チャドウィック・ボーズマンさんのあの素敵なまなざしが胸を打つのです。

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