『1917 命をかけた伝令』をワンカットで描く意味性とは 神山健治が語る、映像の没入体験

神山健治が語る『1917 命をかけた伝令』

 アカデミー賞監督サム・メンデスが、第一次世界大戦にて重要な任務を負った2人の若い兵士を全編ワンカットで描いた『1917 命をかけた伝令』(以下、『1917』)のデジタルリリースが7月22日より先行配信(Blu-ray&DVDは8月5日に発売)されている。

 本作は、映画全編をワンカットで見せる手法で、戦争の前線に重要な伝令を伝えに行く若いイギリス人兵士を描いた作品だ。その驚異的な手法は高く評価され、第92回アカデミー賞において撮影賞ほか3部門を受賞した。

 まるで、戦場に放り込まれたような臨場感と没入感をもたらす本作は、多くのクリエイターを刺激した。『攻殻機動隊 SAC_2045』や『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』などで知られる神山健治監督もその一人。劇場公開時にも本作にコメントを寄せている神山監督に、改めて本作の魅力について語ってもらった。

これはワンカットで描くべきプロットだった

――神山監督は、本作のどんな点に惹かれましたか?

神山健治(以下、神山):まずは全編ワンカットという手法に挑戦したことに、作り手として興味をそそられました。そのような作品は数年に一度くらいは出てくるもので、デジタル時代になってアルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』のようなフィルムの頃よりやりやすくなったとは言え、やはりどう実現したのか気になりました。それに加えて、本作をワンカットで描く意味性は何なのかに興味がありました。

――意味性という点で、本作はワンカットで撮られるべきものだと感じましたか?

神山:そうですね。最近だと、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』なども同様の手法に挑んでいますけど、あれは宣伝でそこをあまり売りにしていませんでしたよね。それから、アルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』は全編ワンカットではありませんが、妊婦が破水して出産が始まってしまうシーンをワンカット撮影で撮っています。これらの演出に監督たちは当然意味を持たせているわけですよね。単純に実験でやっているだけのものはあまり面白くないんです。『1917』は、ある兵士が伝令を伝えないと部隊が全滅してしまうという状況で、それを伝えに行くというプロットですが、このプロットは確かにワンカットでやる意味がありそうだという予感はありました。

神山健治

――本作の公開時のコメントで「開始3分で嫌な予感が広がる」と書かれていますが、この嫌な予感とはなんでしょうか?

神山:要は、「ワンカットで撮ってます!」というのが一番の売りになってしまっているのではという危惧ですね。例えば、「初のフルCG」みたいな売り文句もかつてあったじゃないですか。でも本当は、技法はどうでもよくて、重要なのは面白いか、やっていることに意味があるかどうかなんです。

――しかし、その嫌な予感は開始3分で消えたわけですね。

神山:はい。僕は作り手なのでつい、「どこでカットをつないでいるんだろう?」と観てしまうので、あまり良いお客ではないはずですが(笑)、それでも没入させていく演出が抜群に上手いので技法のことは観始めてすぐに気にならなくなりました。

――どんな点に没入させる上手さを感じましたか?

神山:まず、最初に登場したキャラクターが主人公だとシンプルに見せて、プロフィールをかいつまんで話しながら、上官に呼ばれてミッション開始となるわけですが、どんなミッションでこれから何を見せるのか、開始3分でそれがわかるようになっています。伝令のミッションを伝える上官がコリン・ファースであるのも重要で、大事なことを言うからここで名優が出てくるんです。ここで一気に緊張感が増すんですよね。そんな風に冒頭から入念に作り上げて、これからみなさん、2時間没入してくださいねという感じで、余計なことを考えさせない、徹底したシンプルな作りになっていますね。

――このシンプルな物語をどう評価しますか?

神山:2時間の映画って長編と言われますけど、内容で言えば短編なんです。オチは一つしかない。サブプロットは多くても2、3本だと思います。この映画は多分1.5本くらいですね。

――伝令を伝えるというメインプロットに、相棒のブレイク上等兵の兄の話が0.5本という感じでしょうか。

神山:そうですね。相棒の家族の話があるけど、主人公にはそういうサイドストーリーはないですよね。そうやって省いていくと豊かさを失うこともあるんですが、それでも2時間持たせられる絶大な自信があったんでしょうね。

――その1.5本のプロットを持たすためにいろんなイベントが発生しますよね。このイベントの配置になにか工夫を感じますか?

神山:それぞれのイベントはもちろん素晴らしかったですが、どちらかと言うと戦争のディテールの部分に惹かれました。占領した土地の、実のなった木が全部切り倒されていたりするシーンなどです。各イベントが起きればもちろんびっくりするんですけど、ある程度事前に想像できるんです。終盤になれば戦闘が激化していくんだろうなとか、川に落ちて流されるとか。

――チェリーの木が切り倒されているシーンのことですね。

神山:そうです。これは昔の異国の話だけど、ああいうところで情緒が伝わってきて、なんてひどいことをするんだという気持ちになるわけです。派手なアクションもみんな見慣れてしまっているし、戦争で人が死ぬのは当たり前だと思っている人でも、ああいうところで戦争の酷さを感じるんじゃないでしょうか。その他、味方のトラックに出会うシーンで、任務の過酷さにみんなが同情してくれるところなど、そういう点がこの映画を豊かにしていたと思います。

――トラックのシーンでは乗り合わせた兵隊の人種が多様で、ぬかるみにはまったトラックをみんなで協力して押すのが印象的でしたね。

神山:そうでしたね。中盤の感情の山場になっているシーンだと思います。

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