中村倫也・オン・ステージ! 『水曜日が消えた』が描く、かけがえのない日常への愛おしさ

『水曜日が消えた』が描く日常への愛おしさ

 物語の筋としては、“火曜日くん”は翌日(水曜日)になっても“火曜日くん”のままで、これまで完全にルーティン化していた彼の“日常”が変化していくことになる。ほとんど同じであるはずなのに、彼にとっては違って見える景色、通りゆく人々、聞こえてくる音ーー“火曜日くん”の世界は、大きく変化するのだ。

 そして彼は、新しい世界(≒日常)や、自身のほかの人格も含めた“他者”と出会うことで、あからさまに変わりゆく「自己」を発見していくことになる。“火曜日くん”は“火曜日くん”のまま、彼自身の「自己」というものを確立するのだ。しかしこれだと、7つにバラけているのが平常であった彼の世界の均衡は、崩れてしまうことになる。それはつまり、ただの容れ物であるこの若者の身体のバランスが崩れてしまうことをも意味している。

 先に述べたように、ほかの人格は“自分ではない”。“火曜日くん”は“水曜日くん”のマネはできても、本物の“水曜日くん”になることはできない。やがて“彼ら”は、それぞれに与えられた週に一度の「24時間」だけを受け入れて、それ以外の時間をほかの6つの人格に譲ることになる。“火曜日くん”はかつてのように、火曜日にしか存在することを許されないが、いくつかの経験をしたことで、これまでとは世界の見え方が変わるのだ。

 彼(ら)の姿を追っていると、『水曜日が消えた』は、かけがえのない日常への愛おしさを謳った作品なのだと思える。吉野耕平監督が生み出す美しい映像表現と、演技巧者である中村倫也の表現は高次元で実を結び、やがてラストに彼らが咲かせるものは、いま私たちにそっと訴えかけてくる。はて、今日は何曜日だろうか? 代わり映えしない日々ではあるが、この日常(≒世界)こそを大切にしたい。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■公開情報
『水曜日が消えた』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:中村倫也、石橋菜津美、中島歩、休日課長、深川麻衣、きたろう
監督・脚本・VFX:吉野耕平
音楽:林祐介
主題歌:須田景凪「Alba」(unBORDE / Warner Music Japan)
製作幹事:日本テレビ 日活
制作プロダクション:ジャンゴフィルム
配給:日活
(c)2020『水曜日が消えた』製作委員会
公式サイト:wednesday_movie.jp

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